法律相談
月刊不動産2002年8月号掲載
売買契約における手付けについて質問します。
弁護士 草薙 一郎()
Q
売買契約における手付けについて質問します。手付けには、いろいろな性格があるということですが、どんな内容でしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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【A】
手付けの性格については、例えば売買当事者が間違いなく契約をした証拠としての性格や、解約権を留保した性格など、いろいろあるとされています。
しかし、売買契約書の中で手付けの性格を明示していないときは、民法557条で解約手付とされています。
つまり、当事者の一方が契約の履行に着手するまでの間なら、手付けを放棄あるいは倍返しをすることで契約の解約が可能となるわけです。【Q】
履行に着手するまでとは具体的にはどういう内容でしょうか。【A】
抽象的には、売主、買主としてお互いに売買完成に向けてなすべき行為に着手したということになります。
判例のケースでは、買主が売主に対して約定の履行期後に代金の準備ができているので履行されたい旨を催促していたときには、履行の着手があるとされています。
しかし、履行期前に買主側で測量し、代金の準備ができていることを催告しても、履行期まで1年9ヶ月もまだ残っているようなときには、履行の着手とは言えないとしています。【Q】
自分で履行に着手したときには自分から解約はできないのでしょうか。【A】
民法557条では、当事者の一方が履行に着手したときとありますので、形式的には解約ができないようにも思えます。
しかし、判例は自分で履行に着手しても、相手方が履行に着手していなければ、解約することは可能としています。【Q】
売買契約書に「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、平成○年○月○日までは手付けの解除が可能」と記載されているケースがあります。
この○年○月○日、これをXデーと仮に呼ぶとしたとき、履行の着手か、又はXデーのいずれか早い時期までしか手付け解除ができないのか、それとも、どちらか遅い時期までの解除が可能なのか、どのように考えたらいいでしょうか。【A】
実は類似判例があり、名古屋高等裁判所はいずれか遅いときまでは手付け解除が可能との判断を下しました。
事案は宅建業者が一般人(看護士)に土地を売却し、買主より手付解除がなされたのですが、その時点でXデーは来ていませんが、売主側に履行の着手がなされていたケースです。
判決では一般人としては履行の着手といっても意味不明であり、Xデーの方が重要視されていること、売主は業者ではあるので宅建業法39条②、③項の関係でXデーが履行期より前に来たときは解約できないとするのは、この条文に反していることになり無効となるのでXデーを明示した意味がなくなること(つまり、どちらか早い時に解約できなくなると言っても、履行期前に手付解約はできなくなるということは業者が売主のときは認められないからXデーの意味がないこと)などを理由に、このような契約書の条文は、どちらか遅い時までは手付け解除が可能と判断したわけです。
この事件は現在、最高裁判所に上告中であり、その判断は判例集にはまだ掲載されていません。
この名古屋高裁の判決が最高裁判所でも維持されるのか、破棄されるのかは不明ですが、当面は手付解除が可能な時期については、二つの時期のどちらか早い時までなのか、遅い時までなのかの明示を入れておくことが必要でしょう。