賃貸相談

月刊不動産2006年9月号掲載

借家権の譲渡等と書面による承諾

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃貸借契約では借家権の譲渡は賃貸人の書面による承諾が必要と定めてあるのですが、借家人が自分の代わりに息子夫婦を居住させ、賃貸人である私の口頭の承諾を得たと主張しています。賃貸借契約の解除は可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.借家権の譲渡と賃貸人の承諾

     賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ借家権を譲渡したり、賃借物を転貸してはならないものと定められています(民法612条1項)。そして、賃借人がこれに違反して賃貸人の承諾を得ることなく第三者に賃借物を使用させたときは賃貸人は賃貸借契約を解除できるものとされています(民法612条2項)。
     このように、賃貸借契約では賃借権の無断譲渡・転貸が禁止されているのですが、賃貸人は、賃借人が賃借権の無断譲渡・転貸を行った場合に無条件に賃貸借契約を解除できるわけではなく、賃借人の側で当該賃借権の譲渡・転貸が背信行為であると認めるに足りない特段の事情を立証すれば、いまだ信頼関係は破壊されていないと判断され、賃貸借契約の解除は効力を生じないものと解されています。
     そこで御質問のケースでは、借家人が自分の代わりに息子夫婦を住まわせることが、信頼関係を破壊する無断譲渡・転貸に該当するのか否かということが、まず問題になります。

    2.息子夫婦が居住する場合の無断譲渡等の背信性

     「借家権の譲渡・転貸」とは、賃貸建物を使用・収益する主体に変更がある場合をいいますから、賃借人に代わって、その息子夫婦が賃貸建物を使用・収益することは賃借権の譲渡あるいは賃借物の転貸に該当することになります。
     この場合に背信行為であると認められるか否かは、賃借物の使用・収益の実態に変化が生じたか否か、譲受人・転借人の資力・信用が賃借人と比較して大きく差があるのか否かといった実質的な変化の有無という観点から判断されることになります。
     そうした観点からすれば、賃借人が同居もしていなかった息子夫婦を自分の代わりに新たに借家に住まわせるという行為は背信性が認められやすいということになります。下級審の裁判例では、息子と同居していた賃借人夫婦が、息子夫婦が結婚した際に、自分たちは借家を出ていき、結婚した息子夫婦に借家に住まわせたケースについて背信性があると判断しています。それまで同居していたとはいえ、それまでの賃借人は退去してしまい、息子が結婚して新たに妻とともに借家で暮らし始めるということは、使用・収益の実質に大きな変更があるものと判断されるということだと思われます。
     したがって、御質問のケースは、賃借権の無断譲渡・転貸に当たり、かつ、原則として背信性が認められる可能性があるものと考えられます。

    3.「書面による承諾」を要するとの条項の有効性

     御質問のケースは、賃貸人は口頭でも承諾はしていないのに、賃借人が口頭での承諾を得たと主張しているケースのようですが、仮に、口頭による承諾があったとしても、「書面による承諾」はないのだから、やはり契約違反であり、賃貸人は賃貸借契約を解除できると主張できるのかどうかが問題になります。
     民法では、先に述べたように、賃借権の譲渡・転貸には「賃貸人の承諾」が必要であると定められているだけなのですが、賃貸借契約書で、この「賃貸人の承諾」を「賃貸人の書面による承諾」が必要と定めた場合、その契約は有効でしょうか。我が国の判例では、かかる特約は賃貸人の承諾の有無について法律関係を明確にし、将来の紛争を防止することを目的とするものであり、こうした合理的目的をもって行われる方式の制限は有効であると解されています(最高裁昭和 41年7月1日判決)。
     この特約が有効である以上、書面による承諾を得ない限りは賃貸借契約を解除することは可能にもみえますが、1つ大きな問題があります。
     それは、書面による承諾が必要であると定めたにもかかわらず、仮に賃貸人が口頭で承諾を与えたとすれば、それは賃貸人が書面による承諾を必要とする特約を口頭の承諾でも構わないと変更したのではないかと解される余地があるということです。したがって口頭で承諾を与えたとすれば、「書面による承諾」が契約条件だったと主張して契約を解除することは難しいと思われますので注意が必要です。

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