賃貸相談

月刊不動産2012年1月号掲載

借家人による家賃の供託と供託金の受領

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

借家人に対して賃料増額を申し入れたところ、借家人が家賃を供託してきました。家賃の受取りを拒否したわけではないのですが、供託は有効なのでしょうか。また供託金の支払を受けることは構いませんか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃料の供託

     債務の弁済のための供託制度は、債務者が自己の債務を履行しようとする場合に、一定の要件が認められる場合には、債権者に弁済すべきはずの金銭その他の物を債務履行地の供託所(法務局)に託して債務を免れる制度です。

     債務の弁済は、本来的には債権者に対して行うべきものですから、供託は債務者が自由になし得るものではなく、一定の供託原因が存する場合でなければ行うことができません。

    2.供託原因

     債務の弁済の供託は、①債権者がその受領を拒絶した場合、②債権者が受領することが不能な場合、③債務者が過失なく債権者が誰であるかを確知することができない場合、の3つの場合に認められるものとされています。賃貸借の場合に主に問題となるのは「受領拒絶」の場合です。

     受領拒絶とは、債務者が適法な履行の提供をしたにもかかわらず、債権者がその受領を拒絶した場合をいいます。したがって、債権者があらかじめ弁済を拒絶したからといって、債務者は適法な履行の提供をした後でなければ供託をしても債務を免れることはできないとするのが判例です(大判明治40年5 月20日) 。ただし、債権者の拒絶の意思が明らかであって、債務者が提供しても債権者が受領しないことが明確な場合には口頭の提供もしないで供託することも有効と解されています (大判明治45年7月3日)。

     この点で注意すべきことは、賃料の増額請求後に借家人が従前と同額を相当賃料であるとして提供した場合の賃貸人の対応です。借家人の持参した従前と同額の賃料を受け取ることはやぶさかでないが、これは賃料の全額ではなく、増額された賃料の一部、つまり賃料の内金として受領すると述べた場合をどのように評価すべきかということが問題になります。確かに、賃貸人借家人の持参した賃料の受け取りを拒絶するとは述べていません。
    しかし、借家人の持参した金額を、賃料の内金としてしか受け取ることはできないと述べることは、借家人の持参した金額は内金としてではない限り受領できないということを述べることですから、賃料全部としての受領は拒絶するという意味であると受け止められる可能性があります。実際に裁判例では、賃貸人がこれを家賃の一部としてのみ受け取るとの態度を示した場合には、受領拒絶に該当するものとして供託を有効とした裁判例が存在します。
    したがって、賃貸人側が明らかに「受け取りを拒否する。」と述べていない場合でも、①債権者の拒絶の意思が明らかであり、債務者が提供しても債権者が受領しないことが明確な場合、②従前賃料を相当賃料であるとして提供された場合に、これを内金として受け取るとの態度を示した場合は、供託が有効とされる可能性があることになります。

    3.供託金の受領

     賃貸人が賃料の増額請求を行い、これに対して借家人が従前賃料額と同額の家賃を供託した場合に、未だ家賃の増額請求の問題が解決していない段階で、賃貸人が、借家人から家賃として相当な額であるとして供託された供託金を賃貸人自らが受領することは、問題がないのかという点も検討しておく必要があります。

     賃料の供託がなされた場合、供託規則により、供託通知書が供託所を通じて被供託者(賃貸人)に送付されることになっており、被供託者(賃貸人)は供託通知書を持参すれば供託金の還付が受けられるため、家賃増額請求の問題が未決着の段階でも、供託金を受け取ることは可能なのです(供託通知書ではなく、債権者が供託者から供託書の交付を受けて供託金の支払を受けることも可能です。前者の供託通知書のみで供託金を受け取る場合は印鑑証明書が必要ですが、後者の場合には印鑑証明書は必要ありません)。

     この場合に、借家人から家賃として相当な額であるとして供託された供託金を受領することは、借家人の供託した額を適正賃料として認めたことにならないのかという点が問題となります。

     判例では、供託に関する一般論としてではありますが、金額に争いのある債権について供託がなされ、債権者が、供託者から供託書の交付を受けて供託金を受領した場合は、受領の際に別段の意思を表示するなどの特段の事由のない限り、供託された金額を債権全額であると認めたものと解するのが相当であるとしたものもあります。

     そこで、家賃の増額請求の問題が決着していない段階で賃貸人が借家人から家賃として相当な額であるとして供託された供託金を受領する場合には、無用のトラブルを避けるために、供託金額はあくまで家賃の一部として受領する旨の意思を借家人に対して表示しておくということが考えられます。この意思の表示は、供託金の支払を受けるための書面にその旨を記載する方法と、借家人に対して内容証明郵便にて事前に通知しておく方法とがあり得ます。

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