法律相談
月刊不動産2023年12月号掲載
不安をあおる行為による消費者契約の取消し
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
就職のためにB社の面接を受けたところ、面接官から「家を購入してでも入社したいという意欲が必要だ」と言われ、内定をもらうためにローンを組んで、B社のグループである不動産会社A社からマンションを購入しました。しかし、後から考えるとマンションを買う必要はなく、契約すべきではありませんでした。売買を白紙にもどしたいと考えています。契約を取り消すことはできるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
就職への願望があり、その実現への不安をあおられ、願望を実現するために必要である旨を告げられ困惑し、それによってマンション購入の契約をしたということであれば、消費者契約法によって契約を取り消すことができます。
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1.消費者契約法の取消し事由
消費者と事業者の間には、取引のための情報の質と量や交渉力において格差があります。消費者契約法は、この格差に着目し、消費者を保護するために、さまざまな消費者契約の取消し事由を定めていますが、その中の1つが、不安をあおる行為による取消しです。消費者が、「進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項」に対する願望の実現への不安をあおられ、物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものがその願望を実現するために必要である旨を告げられて困惑し、それによって契約の申込みまたはその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができるものとされています(消費者契約法4条3項5号イ)。
就職への不安をあおられてマンションを購入した売買契約について、取消しが認められたケースが、東京地判令和4.1.17-2022WLJPCA01178009です。 -
2.東京地判令和4.1.17
[1]事案の概要
(1)Xは、平成28年3月に大学を卒業し、運送会社に約3年間勤務していた。しかし、平成31年に結婚したことを契機に、収入面等の将来に不安を感じるようになり、同年2月頃から転職活動を行い、B社の面接を受けた。
(2)面接では、B社の面接官などから、「家を購入してでも入社したいとの意欲を示す必要がある」「B社には福利厚生の一環で物件購入のローン補助があり、マンションを購入する意欲があることを伝えれば強みになる」などと言われ、Xは、B社への就職の内定を得るために,住宅ローンを組んで、A社からマンションを購入した(本件売買契約)。A社はB社のグループ会社である。
(3)その後、Xは、就職への不安をあおられて困惑し、B社への就職の内定を得るため本件売買契約の締結をしてしまったものであるとして売買契約を取り消し、A社に支払った売買代金3,000万円の返還を求めて、訴えを提起した。判決では、Xの主張が認められた。[2] 裁判所の判断
『Xは、B社への就職の内定を得るために、その必要性を感じていないにもかかわらず、3,000万円弱の住宅ローンを組んでまで本件マンションを購入するに至ったものである。これらの経緯に照らせば、Xは、社会生活上の経験が乏しく、就職に対する願望の実現に過大な不安を抱いていたものといえる。
また、Xは、選考状況について「足元が固まっていないため」他の就職応募者より劣っていると言われ、家を購入してでも入社したいとの意欲を示す必要がある、B社の福利厚生の一環で物件購入のローン補助があり、マンションを購入する意欲があることを伝えれば強みになるなどと言われたうえ、B社の面接において、家を購入してでも入社したい旨を述べ、その後も、いわれるがまま手続きを進め、売主であるA社との間で、マンションの本件売買契約を締結した。
そもそも、就職の採用面接において、マンションの購入を勧誘すること自体が極めて不自然であるというほかなく、以上の経緯に照らせば、B社の担当者などは,Xが上記の不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、何ら正当な理由がある場合でないのに、本件マンションの購入がXの上記願望を実現するために必要である旨を告げ、それにより、Xは困惑し、本件売買契約の申込みの意思表示をしたものとみるのが相当である。・・・(略)・・・
A社は、本件当時・・・(略)・・・ Xに対する不当な勧誘に関与していたものと認めるのが相当であり、A社との関係において消費者契約法4条3項3号イの要件(注)を充足するというべきである』。
(注)消費者契約法4条3項は、令和5年6月に改正されており、改正前の同項3号イは、改正後の現行法では、同項5号イとなっている。 -
3.まとめ