法律相談

月刊不動産2012年3月号掲載

マンション建築工事中の死亡事故

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

新築マンションの一室を、工事完成前に購入しましたが、工事中にエレベーターシャフトから作業員が落下して死亡するという事故が発生しました。売買契約を解除することができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1 回答

     売買契約を解除することはできません。建築工事中に共用部分で死亡事故が発生しても、買受けの目的を達することができないとは考えられないからです。

    2 新築マンション売買契約の解除

     新築マンションについては、一般に、工事完成前に売買契約が締結されます。工事完成前の売買は、稲がまだ実らず穂が青いうちに行われるコメの売り買いになぞらえて、青田売買といわれます。

     ところで、売買契約において、契約締結後、引渡し前に、社会通念上買主が買受けの目的を達することができないほどの瑕疵が生じ、債務の完全な履行ができなくなったときには、たとえ一応は目的物を引き渡せる状況にあったとしても、買主は、売買契約を解除することが可能です。青田売買に関し、工事中の事故によって売買契約を解除できるかどうかが、問題となることがあります。

    3 事案の概要

     この点について、参考になる判決があります(東京地裁平成23年5月25日判決)。事案は次のとおりです。

     ①買主Xは、売主Yから、平成20年4月6日、完成前のマンションの一室(本件建物)を、売買代金1億3,420万円で購入し、Yに対し、手付金として1,342万円を交付した。

     ②平成20年8月29日、施工業者Z社の下請企業の従業員2名が、マンション建築中に、エレベーターシャフト内において、落下し、死亡した。

     ③Xは、Yが本件建物を、最上級の安心感、高級感、くつろぎ等の性能、品質、価値を有するものとして、かつ、売買契約締結当時前提・想定された市場価値を有する(事故による市場価値の低下のない)ものとして引き渡すべき義務を負っているところ、この義務を果たすことができなくなったとして、売買契約を解除し、手付金の返還及び慰謝料を請求した。

    4 裁判所の判断

     裁判所は『一般に、債務が不完全履行であり、不完全な部分が追完不可能となったかどうかは、履行不能の場合と同様、この不完全な部分の追完が、物理的又は社会通念上、もはや追完不可能となったかにより判断されるものであり、マンションの区分所有部分の引渡債務においては、物理的には引渡しが可能であるが、社会通念上、買主が当該部分を買い受けた目的を達せられないほどの瑕疵がある場合(例えば、居住を目的として当該部分を買い受けた場合において、当該部分で凄惨な殺人事件が起こったなど、社会通念上、忌むべき事情があり、
    一般人にとっても住み心地の良さに重大な影響を与えるような場合のように重大な心理的な瑕疵がある場合など)も含むと解され、単に買主が主観的に不快感等を有するためにそのような目的が達せられないというものではこのような瑕疵があるとはいえない。

     そこで、本件について、このような瑕疵があるか検討するに、確かに、本件建物の属するマンションの共用部分において死亡事故があったものであり、本件建物を買い受けるに当たって主観的にこれを忌避する感情をもつ者がいないとはいえないものの、事故は、人の死亡という結果は生じているものの、あくまで建設工事中の事故であって、殺人事件などと同視できないものである上、Xの専用部分となるべき本件建物内で発生したものではなく、本件建物から相当程度離れたフロアの、共用部分で発生したものであること、事故の直後にはニュース等で報道され、
    現在でもインターネット上で本件事故の情報を取得することができることが推認されるが、それ以上に事故に関し本件建物やマンションの住み心地の良さに重大な影響を与えるような情報やそれらの価値を貶めるような情報が流布しているなどといった事実も認められないことに照らせば、本件建物に、社会通念に照らし、上記のような瑕疵が存在すると認めるに足りない。また、上記のようなことからすれば、本件建物の市場価値が減少したとも認めるに足りない』として、買主の主張を認めませんでした。

    5 まとめ

     心理的瑕疵や環境に関する瑕疵は、その判断が容易ではなく、具体的なケースを数多く理解することによってはじめて適切な解決を図ることができます。物件にかかわる死亡事故については、投資用のビル購入の約1年11か月前の睡眠薬自殺に関し、建物内で死亡したのではなく、病院に搬送されてから約2週間後に死亡したものであり、近所で評判になっていたこともなかったのであるから、社会通念上、事実を過大に評価するのは相当ではないとして、売主の説明義務を否定したケース(東京地裁平成21年6月21日判決。瑕疵担保責任は肯定)も、参考になります。

     宅地建物取引の専門家としては、知りうる事例を十分に把握し、実務に生かすよう努めなければなりません。

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