法律相談

月刊不動産2015年10月号掲載

転売禁止の特約に関する違約金

弁護士 渡辺晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

当社所有のビルを売却する話合いを進めていますが、買主には、購入後しばらくの間、転売をしてもらいたくありません。契約締結から5年間は転売を禁止する特約は有効でしょうか。また、特約に違反した場合の違約金を定めることができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

    転売禁止の特約は有効です。また、違約金を定めることもできますが、その額は、公序良俗に違反するものであってはなりません。

  • 転売禁止の特約と違約金の可否

    転売禁止の特約について、東京地判平成25.5.29は、土地建物の売買契約において、5年間転売禁止の特約の有効性を肯定するとともに、転売禁止に違反して転売がなされた場合の違約金を売買代金と同額にする特約は過大であると判断されました。

    ※公序良俗違反とは

    公の秩序または善良の風俗(公序良俗)に反する事項を目的とする法律行為は無効です(民法90条)。法律行為の内容が、その社会の一般的秩序または道徳観念に違反するものであれば,その法律行為の効力は否定されるのであり、公序良俗に反する行為が無効であることは,ローマ法以来,すべての法制度の認める法理だといわれています。

  • 転売禁止特約が問われた事案の概要

    転売禁止特約と違約金についての判断が下された東京地判平成25.5.29は、次のような事案です。

    (i)売主Xと買主Yは、平成18年8月4日,売買代金5億円で、土地建物の売買契約を締結した。この土地建物では、Xらの同族会社であるNマートがスーパーマーケットの営業を行っており、売買契約後も、営業を続けることになっていた。売買契約締結にあたっては、Nマートの信用を維持する目的をもって、5年間は転売をしないこと(5条、転売禁止特約)、および、転売禁止特約に違反して転売がなされた場合には、5億円の違約金を支払うこと(8条、違約金条項)が定められた覚書が作成された(本件覚書)。

    (ii)Yは、転売禁止特約に違反し、土地建物を転売したことから、Xは、Yに対して、違約金条項に基づいて違約金を請求した。

    (iii)裁判所は、転売禁止条項の効力を肯定しつつも、違約金条項については、その額が過大であるとして、定められた金額の1%を限度として、その効力を肯定した。

  • 裁判所が下した判断

    ①(転売禁止特約について)

    『Yは,ホテル,賃貸物件,リゾート地などを所有し,昭和32年の設立以降,培ったノウハウを駆使し,綿密な周辺調査及び市場調査などを重ね,不動産の付加価値を高め,都市再生を行っている旨を宣伝する不動産業者であり,不動産の取引について専門的知見を有すると認められる。そして,Yは,本件売主が本件不動産の転売を禁止する理由を説明された上で,本件覚書を取り交わしているのである。したがって,Yは,自らの判断により一定期間に限って転売の自由を放棄したと認められ,営業の自由及び財産権を不当に奪われたなどということはできないし,転売禁止の期間は5年間にとどまるから,公序良俗に反するというYの主張は採用できない』。

    ②(違約金条項について)

    『本件覚書は本件売買契約に附随するものであるところ,Yが自己所有の不動産を処分しただけで,本件売買契約の代金と同じ5億円の支払を義務づけられるというのは,本件不動産の転売を一定期間禁じるという目的に照らしても著しく均衡を欠くものであることは否定できないし,本件売主には損害や対価の支払がないのにYが本件不動産を転売したことにより本件売主が本件不動産の売買代金に相当する5億円もの支払を受けることができるというのは過大な利益を与えるものと評価できる。………

    他方,Yは,不動産取引についての専門的知見を有するところ,Yは,O社(仲介会社)から,本件売買契約締結に先立ち,本件不動産の5年間の転売禁止の理由がNマートの信用維持にあること,これが本件不動産を購入する条件であるとの説明を受けているから,Yは,本件覚書第5条に違反した場合に第8条による違約金が発生することを十分に理解し,これを受け入れたと認められる。したがって,本件売主は,Yの窮迫,軽卒又は無経験を利用してYに対して本件覚書第8条に合意させたとはいえない。

    また,違約金を課して本件不動産の転売を一定期間禁じることにより関連会社であるNマートの信用維持を図るという本件売主の目的は,それ自体不当とはいえない。しかも,本件売主は,5年間の転売禁止を本件売買契約締結の条件とするほど重視していたのであるから,これを確保するために一定の違約金の発生を求めることはやむを得ない。………

    そうすると,本件覚書第8条にある5億円の違約金は明らかに過大であって,その全額の支払義務をYに課すことは公序良俗に反するとはいえるけれども,本件覚書締結に至る経緯,同条の目的が不当でなく,同条が不公平ともいえないこと,本件覚書の各規定の遵守可能性があることなどに照らし,これを全部無効とするのは適当でなく,ごく一部の違約金の発生を認めても差し支えなく,上記の諸般の事情を踏まえ,その1パーセント(500万円)の限度で有効と認める』。

  • (図表)(公序良俗違反として効力が否定された約定の事例)

    東京高判昭和58.9.5 時価を相当下回る廉価でなされた売買 
    高松高判平成15.3.27 不当に安価な売買代金
    大阪高判平成21.8.25 認知症の高齢者の判断能力の低下に乗じた売買
    東京地判昭和49.6.10 脱税を目的とした売買代金を増額する旨の取決め 
    福岡地裁久留米支部判
    平成11.9.29
    高齢者の無知、無思慮に乗じた売買
    名古屋地判昭和57.9.1 時価1万円相当の土地を代金100万円とする売買
    東京地判平成13.2.27  売買代金1億800万円の売買契約における
    1か月引渡遅延すると1150万円となる
    違約金の定め(9700万円の請求がなされていた)
    東京地判平成26.3.27 有料老人ホームを経営する会社と入居者の間での
    不動産売買及び死因贈与
    東京地裁平成27.1.14 高齢者が所有し、自宅として使用する土地建物を、
    著しく低廉な代金によって、売主が死亡するまで
    居住できるなどを契約内容とする売買
  • ポイント

    •  社会の一般的秩序または道徳観念を、公序良俗という。
    •  公序良俗に反する法律行為は、無効である(現行民法では、公序良俗に反する事項を目的とする法律行為は無効であると規定されている)。この考え方は、わが国の民法で採用されているだけではなく、ローマ法以来すべての法制度において、認められてきた。
    •  売買代金5億円のビルの売買契約において、売主の関係者が営むスーパーマーケットの信用を維持するために5年間の転売を禁止する特約を設けることは、可能である。
    •  この売買契約において、転売禁止の特約に違反した場合の違約金を売買契約と同額にする特約は、そのままでは効力は認められない。売買代金の1パーセントである500万円の限度において、有効である。
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