賃貸相談

月刊不動産2015年12月号掲載

賃貸借終了時における保証金の返還時期

弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)


Q

借家人が家賃を滞納したため、賃貸借契約を解除しました。借家人は明渡しと引換えに保証金を返せと言っていますが、違約解除の場合は保証金を没収できると契約書に明記しています。保証金を返還しなければならないのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     賃貸借契約の違反にもとづいて契約解除した場合の保証金や敷金の不返還の特約の効力について、特約の趣旨(違約罰や損害賠償の予定)によって見解が分かれています。全額を没収するなど、公序良俗違反と見なされる場合には、判例上は特約も無効と判断されかねません。最近の判例に基づけば、損害賠償に充当した額を差し引いて返還するのがよさそうです。

  • 敷金・保証金の没収特約の有効性

     賃貸借契約において、賃借人の契約違反に基づき賃貸借契約が解除された場合には、賃貸人は敷金ないし保証金を返還しないとする特約の効力については、不返還の特約の趣旨をどのように考えるかにより、学説上は見解が分かれています。

  • (1)違約罰であると考える見解

     借家人の契約違反があった場合には、敷金ないし保証金を返還しないとする条項は、借家人の債務不履行を理由として賃貸借契約が解除された場合の損害賠償とは別に、契約違反をしたこと自体を理由とする違約罰(制裁金)であると考える見解です。違約罰の場合には、賃貸人に生じた損害は、これと別個に請求できることになります。違約罰も契約自由の原則からは合意は可能ですが、違約罰の内容が、契約違反があった場合には敷金ないし保証金を違約罰として一切返還しないという趣旨の約定と解するときは暴利行為として公序良俗に反し無効と解されることが多いとされています。

     

    (2)損害賠償の予定と考える見解

     借家人の契約違反があった場合には、敷金ないし保証金を返還しないとする条項は、借家人の債務不履行を理由として賃貸借契約が解除された場合の「損害賠償の予定」(民法第420条)であると解す る見解です。判例では、損害賠償 の予定を約したときは、損害の有 無・多少を問わず予定の賠償額を 請求することができる(大判大正 11年7月26日)とされています。 この見解によれば、借家人の債務不履行による損害額を敷金ないし保証金の額と同額であると予定したことになりますので、賃貸人は敷金ないし保証金を返還しなくともよいことになります。実際に、昭和初期には、現在の最高裁に相当する大審院の判決では、このように解すべきであるとしているものがあります(大判昭和7年9月8日)。しかも民法第420条第1項但し書では、「裁判所はその額を増減することができない。」と定めていますので、裁判所ではこの予定額の多寡を議論することはできないようにも見えます。

     しかし、裁判所は公序良俗違反の場合には損害賠償の予定も無効になり得ると考えています。例えば、期間4年の賃貸借契約が10ヶ月の中途で解除された際に、残存期間の賃料相当額の違約金を支払わなければならないとする「損害賠償の予定」は、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできないと判示しています。なお、裁判所はこの特約について、賃借人が明渡しをした日の翌日から1年分の賃料・共益費相当額の限度で有効と解し、残りの部分は公序良俗違反として無効としています(東京地判平成8年8月22日)。

     

    (3)違約罰でも損害賠償の予定でもないとする見解

     大阪地判昭和52年3月15日(金融商事判例536号39頁)は、賃貸借契約が借家人の賃料支払債務の不履行により解除された場合には、「保証金を違約損害金として没収することができる」旨の条項について、「右約定の趣旨を・・・賃貸借契約が解除された場合、損害賠償とは別に無条件に違約罰として没収し得る趣旨の約定と解する時は暴利行為として公序良俗に反し無効と解される余地が存するけれども、右は解除による賃貸借の終了後、目的物の返還までの間に生じた賃料相当額の損害金の弁済に充当しその返還義務を免れうる趣旨の約定と解される」と判示しています。この裁判例は、文字通りに保証金の没収を認めたのではなく、損害賠償に充当した残額を返還すれば足りるとするものですから、実質的には特約の効力を認めなかったものと解されます。最近の裁判例の傾向からすると、こうした解釈がなされる可能性は高いものと思われます。

  • 敷金ないし保証金の返還時期

     それでは、この特約を文字通りに保証金の没収を認めたのではなく、損害賠償に充当した残額を返還すれば足りると解した場合、敷金ないし保証金の残額は明渡しと引換えに返還すべきなのでしょうか。

     この問題については、敷金ないし保証金の返還時期を賃貸借契約終了時であるとする終了時説と家屋明渡時であるとする明渡時説と見解が分かれていましたが、最高裁は明渡時説をとることを明らかにしており(最判昭和48年2月2日)、借家人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金ないし保証金返還債務とは同時履行の関係には立たないものとしています(最判昭和49年9月2日)。

  • Point

    • 敷金・保証金の没収特約の有効性については、学説上は見解が分かれています。
    • 公序良俗違反の場合には、違約罰の場合も損害賠償の予定も無効になり得ます。
    • 最近の裁判例の傾向からすると、保証金の没収を認めず、損害賠償に充当した残額を返還すれば足りるとする解釈がなされる可能性が高くなっています。
    • 敷金・保証金の返還時期は、最高裁は建物明渡時説をとっており、建物明渡後に返還されることになるため、家屋明渡債務と敷金・保証金返還債務とは同時履行の関係に立ちません。
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