賃貸相談

月刊不動産2018年8月号掲載

賃借人の無断不在を理由とする解除の可否

江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

 当社が経営する賃貸アパートに居住する賃借人のA氏とその妻は、長期間、不在にすることが多く、先日も当社に連絡することなく、夫婦そろって1カ月以上居室にいないことがありました。当社とA氏とで締結した建物賃貸借契約書には、「賃借人が、賃貸人に無断で1カ月以上居住しない場合は、賃貸人は、賃貸借契約を解除できる」と規定されています。そこで当社では、A氏との契約を解除したいと考えています。しかしながら、A氏は、この特約は賃借人に不利な特約だから無効だと主張しています。無断不在禁止特約は無効と判断されるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     賃貸借契約書の賃借人に不利な特約については、そのすべてが無効になるわけではなく、強行規定に違反している場合にはその特約は無効となります。賃借人の無断不在禁止特約については、これを禁止してはならないとの強行規定は民法にも借地借家法にも存在していませんので、賃借人に不利な特約であるとしても、その条項自体が当然に無効となるものではありません。

     しかし、賃貸借契約における契約違反は、当事者間の信頼関係を破壊するに足りるものである場合に、はじめて解除が認められることになります。賃貸借契約に1カ月以上の無断不在禁止の契約条項がある場合でも、ただ単に一定期間の無断不在があったことを理由に当然に賃貸借契約を解除できるとは限りません。賃借人の無断不在禁止特約の違反が常態化している場合や他にも契約違反行為があり、その程度が著しいと判断されるような場合には、信頼関係を破壊する注意義務違反行為があったと認められ、解除が有効とされる場合があり得ます。

  • 1.賃貸借契約における無断不在禁止特約

     住宅の賃貸借契約書には、賃借人が一定期間、賃貸人に無断で居室を不在にした場合には、賃貸人が賃貸借契約を解除できる旨の特約が設けられているものがあります。このような特約は、確かに賃借人に不利な特約といえるかもしれませんが、賃貸借契約書における特約は、賃借人に不利な内容の特約であればすべて無効とされているわけではありません。賃借人に不利な特約をしてはならないとの法律の規定があり、この規定に違反して賃借人に不利な内容の特約は無効とする旨の規定(これを「強行規定」という)がある場合、これに違反したときに特約は無効となります。

     賃借人の無断不在禁止は、長期不在で部屋を閉め切ると部屋も傷み、それ自体が不合理とはいえないと考えられます。また、民法にも借地借家法にも無断不在に関する強行規定は存在していません。したがって、無断不在禁止特約が賃借人に不利な特約であるとしても、それだけで無効と解されることはありません。しかし、賃借人が無断不在禁止特約に違反した場合に、直ちに賃貸借契約を解除することが認められるかについては別の考慮を要します。

  • 2.賃貸借契約における信頼関係破壊理論

     賃貸借契約のような長期的な継続的契約関係の場合には、判例は、債務不履行が当事者間の信頼関係を破壊するに足りるものである場合に契約の解除を認める、いわゆる信頼関係破壊理論を採用しています。

     このため、賃借人が無断不在禁止特約に違反した場合には、賃借人に債務不履行があることは事実ですが、それが当事者間の信頼関係を破壊するに足りるものでなければ、契約の解除は認められません。このことからすると、賃借人が何かの合理的な理由があって、1回だけ、無断不在をしたという場合は、原則として、これだけを理由に賃貸借契約を解除することは困難であると考えられます。賃借人の無断不在を理由に賃貸借契約の解除を認めた裁判例として東京地裁平成6年3月16日判決の事例があります。

  • 3.無断不在禁止特約違反を理由に解除を認めた裁判例

     この事案は、ただ単に一定期間の無断不在があったというだけではなく、次のような事実が存在していた事例です。

    ①1カ月以上の無断不在

     賃借人夫婦双方が同時に留守となる期間が1年のうち約3カ月以上にのぼり、賃借人夫婦は1カ月以上の無断不在禁止の契約条項があるにもかかわらず、夫婦それぞれ長期の国外または国内旅行をし、賃貸人への届出がない。友人に点検、開室させているというが、届出はなく、勝手に合鍵を作って渡している。

    ②本件貸室の腐朽および損傷

     本件貸室の室内の天井、壁は亀裂や剥がれが生じ、風呂場の敷居は腐って戸の開閉が不能な状況にある。特に湿気による腐朽、損傷は長期間の不在と密接な関係にある。

    ③ガス漏れ事故の発生

     賃借人夫婦の無断不在中に軽微であるがガス漏れ事故が生じた。

    ④賃料増額の協議の拒否、その他の協調性の欠如

     賃借人らは賃料増額の協議を拒んでいるため、他の貸室と比べて低額になっており、賃料の一部に不払いもある。賃借人らが健康で相応の収入のある職業を持ち、養育すべき子どももいない夫婦であるにもかかわらず、賃貸人と円満な賃貸借関係を継続しようとする意欲および賃借人としての協調性に欠ける。

     このような事例に対して、裁判所は、長期無断不在が常態化している実情及び賃借人らの権利主張の内容並びに本件貸室の管理のずさんさ及び賃借人としての協調性の欠如の状況に照らせば、賃貸人と賃借人との間の信頼関係は、賃借人らの長期無断不在、これを正当と主張して顧みない姿勢、長期無断不在に起因する本件貸室ないし建物の腐朽ないし損傷、本件貸室の合鍵等の管理のずさんさ及び本件賃借人らの賃借人としての協調性の欠如により、修復が不可能な程度に破壊されているものと認められる」と判断し、結論として、「本件貸室の賃貸借契約の解除の原因となる信頼関係を破壊する注意義務違反行為があったと認められるから、契約解除の意思表示により、賃貸借契約は解除されたものというべきである」との判断を示しました。

     本件の事例においては、賃借人側は、賃借人夫婦は共にジャーナリストで、海外出張が多く、長期不在は仕事の都合のためにやむを得ないものであったと主張しましたが、単に長期不在が続いていただけでなく、建物の性質上、普段から通風や日照などに配慮しなければならないにもかかわらず、賃借人が雨戸を閉め切ったまま長期間留守にしたため、湿気が充満し、部屋を損傷させてしまったこと、不在中にガス漏れが発生したにもかかわらず、長期不在は仕事の都合上やむを得ない等、賃借人側に協調性があまりに欠けていたとして、信頼関係は破壊されていると判断されたものです。

  • Point

    • 賃借人に不利な特約のすべてが無効となるものではなく、賃借人に不利な特約を無効とする強行規定に違反したときに、特約が無効とされる。
    • 無断不在禁止特約自体は無効とはならないが、賃借人が無断不在禁止特約に違反しても、それが信頼関係を破壊するに足りるものでない場合には、賃貸借契約の解除は認められない。
    • 無断不在禁止特約に一度違反した事実があるからといって原則として、それだけで賃貸借契約を解除するに足りる程度に信頼関係が破壊されたと判断することは困難である。
    • 無断不在禁止特約に違反した結果、それにより建物が損傷する原因をもたらしたような場合や、ガス漏れ事故等が発生した場合などの事実と賃借人の対応等により信頼関係が破壊されたと判断されることがある。
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