賃貸相談

月刊不動産2020年2月号掲載

賃借人がアパートの2階から転落した場合の責任

弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)


Q

 私は2階建ての賃貸アパートを経営しています。
 このたび、賃借人が2階の窓から物干し竿に洗濯物を干そうとして身体を乗り出したときに落下し、大けがをしました。賃借人は2階の窓に手すりが付いていないために落下したのだから、アパートの窓に瑕疵がある、オーナーに責任があるとして、私に落下事故による損害の賠償をせよと求めています。
 しかし、2階の窓は手すりこそありませんが、窓枠下部は床面から約73㎝の位置にあるので、普通の注意を払っていれば落下することはないはずです。瑕疵の問題ではなく、本人の不注意ではないかと思うのですが、このような場合にも私に損害賠償責任があるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 回答

     賃借人が賃貸建物から落下する等の事故が発生した場合には、当該アパートに入居者が落下する可能性のある瑕疵(欠陥)があったか否かによることになります。瑕疵の有無は、賃借人が落下するおそれのある危険な設備があったか、落下の危険性を防止する施設が具備されていたか否かで判断されることになります。窓枠下部が床面から約73㎝の位置にあるとすると、窓の腰高自体は通常のものと考えられますので、腰高自体を瑕疵とみなすことはできないと思われます。
     しかし、裁判例の中には、その窓の外にある物干し竿の位置等から、入居者が洗濯物を干すには窓から相当程度、体を伸ばさないと洗濯物を干せない状況である等の事情のある場合には、落下の危険がないとはいえないので、瑕疵があると認め、賃借人側にも過失があったとして90%の過失相殺をしたうえで、賃借人の請求を一部認容した事例もあります。瑕疵の判断には、窓自体の安全性だけでなく、窓がどのように使用されていたかも併せて考慮すべきとしていることに留意する必要があります。

  • 1. 賃貸アパートで発生した事故と賃貸人の責任

     アパートで事故が発生した場合には、当該アパートに事故を惹起するような瑕疵(欠陥)があったか否かにより、オーナーに損害賠償責任があるか否かが決まります。民法717条(土地の工作物責任)は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」と定めています。土地の工作物とは、土地に固着させた物ですから、建物やブロック塀がこれに該当します。占有者に過失がなければ所有者が賠償責任を負うと規定されていますが、所有者に過失がなかった場合の規定がありません。民法717条は、瑕疵のある土地の工作物の所有者の無過失責任を定めたものです。

  • 2. 工作物の瑕疵の判断

     窓枠下部が床面から約73㎝の位置にあるとすると、窓の腰高自体は通常のものと考えられますので、腰高自体を瑕疵とみなすことはできないと思われますが、その窓がどのような使われ方をしていたかも問題となります。福岡高裁平成1 9 年3月20日判決に類似の事件の判断が示されています。事案は、賃借人Xの妻が自宅建物の2階窓から転落して死亡した事故について、その原因は、窓に手すり等が設置されていなかったことにあるとして、賃貸人Yに対し、土地工作物責任に基づいて、損害賠償を求めたものです。Xは、本件窓に手すりがないことが建物の欠陥に該当すると主張して損害賠償を請求しましたが、Yは、窓の腰高は十分で、手すりがなくても通常落下する危険はないから瑕疵はないと反論しました。第一審判決は、窓枠下部が床面から約73㎝の位置にあることや、30年近く無事故であること等の事情から、通常の注意をすれば落下するおそれはなく、瑕疵はないとしてXの請求を棄却しましたが、福岡高裁では、本件窓の両脇の外壁には、蛇腹式の物干し竿受けが設置されていたが、錆び付いていて伸縮できない状態であったことを認定し、このため、洗濯物を干すためには、手に洗濯物を持ったままの状態で、窓からある程度外に身を乗り出さなければならないことが考えられるのであって、万一身体のバランスを失ったような場合には、そのまま転落する危険性がなくはなかったことから、窓に手すりや柵などが設置されていなかったことは、転落防止という観点からしてその安全性が十分なものでなかったと判断しています。瑕疵の判断方法として、窓自体の構造の安全性のほか、窓の実際の使用方法等をも考慮して瑕疵の判断をしていることに注意が必要です。

今回のポイント

●アパートで発生した事故にオーナーが損害賠償責任を負うか否かは当該アパートに工作物としての瑕疵があるか否かによる。
●オーナーの工作物責任は、オーナーの無過失責任であるので、過失の有無は問題にならず、客観的に瑕疵があるか否かが問題となる。
●瑕疵の判断にあたっては、当該箇所の構造だけではなく、それがどのように利用されていたかも考慮の上、判断されることになる。

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