賃貸相談

月刊不動産2015年6月号掲載

貸ビル経営と相続発生時の処理

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

貸ビルを経営していた父が亡くなりました。4人兄弟の長男である私は父とこの貸ビル内に同居していましたので、修繕や賃貸借契約の解除は父と同居していた私が単独で行いたいのですが、可能でしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 修繕については、保全行為の範囲内であれば相続人の1人が単独で行うことが可能と考えられます。一方で賃貸借契約の解除については、持分の過半数の賛成が必要になります。共有となった相続財産は、共有のままでは管理行為や変更行為をスムーズに行うことが困難な場合が多いため、遺産分割協議によって、最終的な承継者を決めることになります。

    【相続時、貸ビル経営に供している建物の権利関係】

    貸ビルを経営していた亡父─被相続人が死亡すると、貸ビル経営に供していた建物は相続財産ですから、相続人となる子に承継されることになります。民法は、「相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属する。」(民法第898条)と定めており、「各相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」(民法第899条)と定めています。配偶者などがおらず4人の兄弟のみが相続人であるとすると、兄弟間の相続分は平等とされているため将来の遺産分割協議が成立するまでの間は、相続財産である貸ビルは、4人の兄弟が各4分の1の共有持分割合で共同所有している状態になります。

    【貸ビルのテナントとの賃貸借契約】

    そこで被相続人がテナントとの間で締結していた賃貸借契約における賃貸人の地位は誰が引き継ぐのかということが問題となりますが、賃貸建物の所有権が移転すれば、賃貸人たる地位は、当然に賃貸建物を所有する者に移転します。

    したがって、被相続人死亡後、遺産分割協議が成立するまでの間は、貸ビル経営に供している建物は4人の兄弟が各4分の1の共有持分割合をもって共有していますから、賃貸人の地位も4人の兄弟が各4分の1の割合で持ち合っている(準共有)ことになります。

    ①修繕行為の可否

    仮に、貸ビルにおいて修繕が必要になった場合には、4人の兄弟が全員一致で修繕を決定するのか、それとも4人兄弟の過半数の賛成をもって修繕を決定するのか、はたまた、4人の兄弟は誰でも単独で修繕を決定できるのかという点が気になるところです。

    民法は、「共有物の管理に関する事項は、前条の場合(共有物の変更)の場合を除き、各共有者の持分の価額にしたがい、その過半数で決する。ただし、保存行為は各共有者がすることができる。」(民法第252条)と定めています。

    貸ビルを使用収益するために当然に必要とされる修繕は保存行為と考えられます。したがって、実際に行われる修繕行為が保存行為の範囲内にとどまる限り、長男が単独で貸ビルの修繕を行うことは可能と考えられます。

    ②賃貸借契約の解除の可否

    貸ビルのテナントとの間の賃貸借契約を解除することは保存行為とはいえません。管理行為とすれば前記の民法第252条によれば持分の過半数(つまり4人兄弟のうち3人の賛成)で行うことができそうですが、一方において、民法は、契約の解除については、「当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。」(民法第544条1項)と定めています。これを「解除権の不可分性」といいます。この規定によれば契約の解除は4人の兄弟の全員で行わなければならないようにも見えます。

    これについては、最高裁判所は、「共有物を目的とする賃貸借契約の解除は、共有者によってされる場合は、252条本文にいう『共有物の管理に関する事項』に該当するから、右解除については、民法第544条1項の規定は適用されない」との判断を示しています(最判昭和39年2月25日)。

    したがって、遺産分割協議が成立するまでの間に貸ビルのテナントとの間で賃貸借契約を解除したいという場合には、4人の兄弟のうち、少なくとも3人が賛成すれば解除することが可能となります。

    ③テナントに対する賃料債権の行使

    テナントに対する賃料債権は、金銭債権ですから法的には可分債権(分割可能な債権)であり、4人の兄弟が各4分の1の共有持分割合をもって共有している建物を使用収益させた対価ですから、法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を取得するとするのが最高裁の判例です(最判平成17年9月8日)。

    【遺産分割協議による貸ビルの権利の帰属】

    被相続人の死亡後、相続財産は原則として相続人の共有状態となるわけですが、共有のままでは管理行為(共有持分の過半数で決定)や共有物の変更行為(共有者全員の同意が必要)をスムーズに行うことが困難な場合が多くなっています。そのため、遺産分割協議によって、最終的な承継者を決めることになります(民法第907条)。

    遺産分割協議は多数決では決することができず、相続人の全員一致で決定しなければなりません。

    【ポイント】

    ● 被相続人の死亡後、遺産分割協議が成立するまでの間は、相続財産は原則として相続人の共有状態となります。

    ● 貸ビルの修繕行為が保存行為の範囲内にとどまる限り、相続人全員一致ではなく、相続人の1人が単独で修繕を行うことは可能です。

    ● 遺産分割協議が成立するまでの間に貸ビルのテナントとの間で賃貸借契約を解除したい場合は、持分の過半数の賛成があれば解除が可能です。

    ● テナントに対する賃料債権は、法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を取得します。

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