賃貸相談

月刊不動産2015年8月号掲載

貸ビルの管理委託と転貸への承諾

江口正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

 当社所有の貸ビルにつき、管理業者A社に賃料の収納代行業務の賃貸管理を委託していましたが、A社は勝手にテナントの転貸の承諾も行っていました。当社に無断でなされた転貸承諾は有効なのでしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  管理人が所有者に無断で行った転貸の承諾であっても、有効と判断されることがあります。管理人は、賃貸借契約の締結から賃借権の譲渡についての承諾をする権限も認められる、とした裁判例もあるからです。

  • <貸ビルの管理人の権限>

     賃貸経営の現場においては、「管理人」とか「差配人」と呼ばれる人が、ビル所有者に代わって賃貸管理業務を行うことはよくみられるところです。それでは、管理人や差配人にはどのような権限が認められるのでしょうか。

    わが国には、賃貸管理業法という法律がいまだ制定されていませんので、そもそも、「賃貸管理」とは何をすることかという点についても、法律で定められているわけではありません。一口に管理人といっても、管理人が有する権限は事例によってさまざまで、まさに千差万別の感があります。

    そこで、判例の見解ですが、管理人の権限は、個別的に契約でどのような権限を付与したかということで決まる問題であって、「管理人や差配人というだけでは、一般には賃借権の譲渡の承諾権限や転貸に対する承諾権限は認められない」との考え方もありますが、裁判例では、必ずしもそう判断されているわけではありません。

    「差配人」について、差配というのは単なる賃料を取り立てるにとどまらず、賃貸借契約の締結から賃借権の譲渡についての承諾をする権限も認められるとした裁判例があります(東京地判昭和14年10月14日)。

     また、権原の内容を特に制限しないで賃貸管理の権限を授与された者は、いわゆる差配人として転貸承諾の権限を有していたものと認めるのが相当であるとした裁判例もあります(東京高判昭和41年10月4日)。

     従って、賃貸管理契約をするときは、契約書を作成し、契約書の中に管理業者の権限の内容を明確に定めておくことが必要です。

  • <家賃の収納代行を委託された管理人の権限>

     質問のケースでは、貸ビルのオーナーが、管理業者であるA社に家賃の収納代行を委託したことは明らかですが、収納代行業務を受託したA社が、収納代行業務以外に、どこまでの業務の委託を受けたと言えるかはなかなか難しい問題です。貸ビルのオ-ナーとA社との間の管理委託契約で、A社には収納代行業務のみを委託し、その他の権限は有しないと明記されていれば、権原の範囲についての紛争はなくなると思われますが、この点を明記しておかないと、無用のトラブルに巻き込まれるおそれがありますので注意が必要です。委託の際に、まず管理業者の権限の範囲を具体的に合意することが、オーナーにとっても管理業者にとっても重要なことです。

  • <賃貸管理業務と表見代理>

     仮に、客観的には、管理業者が家賃の収納代行業務の権限しか与えられていなかった場合に、管理業者が自己の権限を誤解して、賃借人に対し、賃借権の譲渡や転貸についての承諾を与えていたという場合、当該管理業者は、もともと、家賃の収納代行しか委任されていないのですから、賃借権の譲渡や転貸についての承諾を行う代理権が授与されてはおらず、権限のない管理業者が承諾を与えても、本来的には、有効な承諾とはいえません。

     しかし、このような場合には、その相手方であるテナントが、賃借権の譲渡や転貸についてはこの管理業者に承諾を与える代理権が授与されていたと信じ、かつ、そう信じたことに過失がない場合には、いわゆる「表見代理」(ひょうけんだいり)として、この管理業者に代理権があった場合と同様の法律効果が認められる場合があることに注意する必要があります。

  • <表見代理の3類型>

     表見代理には、3つの類型があります。その類型とは、①代理権を一切与えていない者に対して、対外的には代理権を与えているかのように見られるような表示をした場合(民法第109条)、②代理権を与えた者が与えられた代理権の範囲を超えて代理行為をした場合(民法第110条)、③過去に与えた代理権が消滅した後に、旧代理人が代理行為をした場合(民法第112条)、の3つです。

     質問のケースは、管理業者に賃料の収納代行権限のみを与えているところ、管理業者が、その与えられた権限を超えて、転貸の承諾まで行っていたというのですから、少なくとも上記②の類型に該当することになります。従って、その場合には、テナントが当該管理業者に転貸承諾についての代理権があると信じ、そのように信じたことに過失がなければ、貸ビルのオーナーと当該テナントとの間では有効な承諾があったものとして扱われることになります。

  • <Point>

    • 管理人の権限は、個別的な契約でどのような権限を付与したか否かで決まる。

     

    • 賃貸管理契約を締結する際には契約書を作成して管理業者の権限の内容を明確に定めておく必要がある。

     

    • 権限のない管理業者が転貸の承諾を与えた場合、いわゆる「表見代理」として、管理業者に代理権があった場合と同様の法律効果が認められる場合がある。

     

    • 「表見代理」には3つの類型があり、いずれかに当てはまると貸ビルオーナーと当該テナントとの間では有効な承諾があったものとして扱われることになる。
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