法律相談

月刊不動産2019年4月号掲載

自然由来のヒ素による土壌汚染

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

当社は、「土壌汚染物質が検出された場合は解約できる」との特約を付けて土地を 購入しましたが、調査をしたところ、環境基準値の2倍を超えるヒ素が検出されまし た。ヒ素は自然由来でした。売買契約の解約をすることができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 解約できる

     特約に基づく解約をすることができ ます。質問と同様の事案において、名 古屋高判平成29.8.31(判タ1447号 108頁)が解約を認めています。

  • 2. 土壌汚染の概説

    (1) 土壌汚染に関する特約

     土壌汚染は、土地の利用のありか たや土地の価値に重要な影響を及 ぼします。このことは現在では社会 一般に理解が浸透し、そのために、 土地の取引を行うにあたっては、売 買契約後に土壌汚染が判明したと きの対応についての特約が設けられ るようになりました。

    (2)自然由来の汚染に関するかつての考え方

      ところで、土壌を汚染する有害物質は、工場の操業など人の行為を原 因とするほか、自然的原因によっても たらされることもあります(自然由来 といわれる)。

     土壌汚染対策法が施行された当 時は、環境省により、「自然的原因に より有害物質が含まれる土壌については、本法の対象とはならない」との 通知が出され(平成15年2月4日環 水土20号都道府県知事・政令市長 あて通知、環境省環境管理局水環 境部長)、自然由来の有害物質の存 在は土壌汚染ではないとされていま した。

     この考え方を反映した裁判例が、 東京地判平成23.7.11(判時2161 号69頁)です。「土壌汚染調査の結 果、環境省の環境基準を上回る土壌汚染があった場合は、売主は土壌改良もしくは除去の費用を買主に支払 う」との特約の付された土地(味噌 工場の跡地)売買において、自然由来のヒ素が判明した場合について、 買主から売主に対する特約に基づく土壌汚染除去費用の請求を否定しました。

    (3)自然由来の汚染に関する現在の考え方

     しかし、自然由来かどうかの判定 は困難です。また、有害物質による人 の健康被害を防止するという観点か ら、自然由来の有害物質を土壌汚染 対策法の適用除外とすることは適当 ではありません。

     そこで、環境省は、土壌汚染対策 法の平成21年改正を契機に考え方 を改め、「健康被害の防止の観点か らは自然的原因により有害物質が含 まれる汚染された土壌をそれ以外の 汚染された土壌と区別する理由がな いことから、同章(土壌汚染対策法 第4章)の規制を適用するため、自然 的原因により有害物質が含まれて汚染された土壌を法の対象とする」 との考え方を採用するに至っていま す(平成22年3月5日環水大土発第 100305002号都道府県知事・政令 市長あて通知、環境省水・大気環境 局長)。

     

  • 3. 名古屋高判平成29.8.31

    (1)事案の概要

    ①売主Yと買主Xは、平成26年11 月25日、「本物件契約後引渡し前 に、買主の費用負担において土壌汚 染調査を行うことを売主は了解する。調査の結果土壌汚染が検出された場合、本契約は白紙解約できる」 との特約を付けて、代金1億7,000 万円、手付金1,700万円として、土 地の売買契約を締結した。

    ②売買契約締結後、土壌汚染調査 を実施した結果、広い範囲から環境 基準値の2倍を超えるヒ素が検出さ れたので、Xは、本件調査結果が解 約事由に該当するとして、特約に基 づき売買契約を解約し、手付金の返 還を求めて訴えを提起した。

    ③Yは、ヒ素が自然由来のものであ るから土壌汚染があったとはいえな いなどと主張し、解約は無効である と反論した。

    ④これに対し、原審の名古屋地判平 成29.3.2で、解約は有効とされ、X の請求が肯定された。控訴がなされ たが、控訴審の名古屋高裁において も、原審の判断が維持された。

    (2)裁判所の判断

    「Yは、環境基本法や土壌汚染対 策法にいう『土壌汚染』は、人の活 動に伴って生じる土壌の汚染に限 定されるから、本件特約の『土壌汚 染』も自然由来のものはこれに当た らない旨主張する。しかし、本件売買 契約が締結された平成26年11月の 時点における土壌汚染対策法は、 健康被害防止の観点からは、自然由来の有害物質が含まれる汚染さ れた土壌を、それ以外の汚染された 土壌と区別する理由がないことを理 由に、自然由来の有害物質が含まれる汚染された土壌も同法の適用対 象としていたものであって、Yの主張 するように、同法の適用が人の活動 に伴って生じる土壌汚染に限定され ていたと認めることはできない。そし て、本件売買契約締結に至る過程で、本件特約の『土壌汚染』の意味 が、上記の土壌汚染対策法上の土 壌汚染とは異なり、自然由来のもの を除くとの説明や協議がされたもの とは認められないことは、原判決が 認 定 説 示するとおりである。した がって、本件ヒ素が自然由来のものであるか否かにかかわらず、本件調査結果は本件特約にいう『調査の結 果土壌汚染物質が検出された場合』に該当するというべきである」。

     

今回のポイント

●社会一般に、土壌汚染の重要性の理解が浸透し、土地の取引を行うにあたり、契約後に土壌汚染が判明したときの対応についての特約が設けられることが多くなった。
●かつて、自然由来の有害物質の存在は、土壌汚染対策法の対象ではなかったが、環境省の通知により、現在、自然由来であっても、土中の有害物質は土壌汚染対策法の対象とされている。
●「売買後の調査によって土壌汚染物質が検出された場合、契約は白紙解約できる」との特約が設けられていた土地の売買において、調査の結果有害物質が検出されたときには、自然由来の有害物質であっても、買主は契約を解約することができる。

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