賃貸相談

月刊不動産2016年6月号掲載

滞納賃借人の死亡とその後の措置

江口正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

 高齢の老夫婦の夫と貸家の賃貸借契約を締結しましたが、賃借人の妻から連絡があり、夫が死亡し、家賃が払えないので退去したいとの話がありました。既に3か月の滞納がありますが、妻との間で契約の解除、建物明渡について合意をすればよいでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     賃貸借契約における借家権は相続の対象ですので、相続人が賃借人の地位を相続しますが、賃借権は亡くなった賃借人と同居していた相続人のみが相続するのではなく、同居していない相続人を含め、相続人全員が相続します。相続開始後、遺産分割協議が成立するまでの間は、賃料は相続人全員が不可分債務として各自が賃貸人に賃料の全額を支払う義務を負いますし、契約の解除手続きは、相続人の全員に対する意思表示により行う必要があります。

     

    賃借権の相続性 ―賃借権を相続する相続人とは?

     民法第898条は、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」と定めています。賃借権は相続性が認められていますので、賃借人が死亡した場合は、相続人が賃借権を準共有します。民法は所有権を共同保有することを「共有」、所有権以外の財産権を共同保有することを「準共有」と言いますので、借家権を共同で有する場合は準共有といいます。

    ここで注意すべきことは、賃借権は、賃貸借契約を締結した当該貸家を使用収益する権利ですが、賃借権の相続は、亡くなった賃借人と当該貸家に同居していた相続人のみが相続するのではないということです。遠方に居て、この貸家に居住する予定が一切ない相続人も賃借人の地位を承継します。

    従って、賃借人が死亡した場合には、その後の賃貸借契約の処理は、相続人間で遺産分割協議により借家権の相続人が確定するまでの間は、死亡した賃借人の相続人全員と話し合って行わなければなりません。賃借人が死亡した場合に、同居していた相続人との間で、今後の処理を話し合い、明渡しから残置物の処理まで行うことがありますが、これは正しい処理ではありません。

  • ①相続人と相続分の確定

     賃借人が死亡した場合には、まず、相続人が何人いて、誰と誰であるのかを正確に確認することが必要です。具体的には、賃借人が出生から死亡するまでの全ての戸籍謄本を確認し、相続人を確定します。また、各相続人がどの程度の割合で相続権を有しているのか(これを「相続分」といいます。)を確認します。

     確定した相続人全員と話を進めることになります。

  • ②滞納賃料の承継

     相続人が死亡するまでに発生した滞納賃料の支払義務は、相続人全員が各自の法定相続分の割合により当然に分割して相続します。例えば、賃借人が負担していた賃料が月額10万円、賃借人の相続人が配偶者である妻と、2人の子であるとすると、配偶者の相続分は2分の1、子らは各自4分の1ですから、3か月分の滞納賃料30万円は、妻が15万円、子らが各自7万5,000円の支払義務を承継します。

  • ③相続開始後、遺産分割協議成立時までの賃料

     相続開始後は、民法第898条により、相続人全員が賃借人としての地位を承継します。相続開始後の賃料支払債務は賃貸人から貸家を不可分的に使用収益することに対する対価ですから、不可分債務と解されています。不可分債務とは、全員が不可分に債務を負うということで、相続人全員が賃貸人に賃料全額の支払義務を負うことを意味します。相続人の誰か1人が賃料全額を支払えば、賃料支払債務は消滅します。

  • ④賃貸借契約の解除

     相続開始後、賃借権を誰が相続するかについての遺産分割協議が成立するまでは、相続人全員が賃借権を承継している状態です。この段階で、賃料滞納を理由に賃貸借契約を解除する場合には、賃貸人は、賃借人の相続人全員に対して解除手続きを行わなければなりません。民法第544条は、「当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。」と定めています。これを「解除権の不可分性」といいます。

     ただし、解除権が不可分ということは、必ずしもその意思表示まで同時にしなければならないということではありません。解除の効果が不可分に発生すればよいと解されています。

     

    賃貸相談図表

    賃貸相談図表

     

  • Point

    • 賃借人の地位は相続性があり、賃借人が死亡した場合は、その相続人が賃借権を承継します。
    • 賃借権の相続は、死亡した賃借人と同居していた相続人のみが相続するのではなく、遠方に居住し、貸家に居住する予定のない相続人も相続により賃借権を準共有することになります。
    • 賃借人の相続人は、賃貸人に対し、不可分債務として賃料支払義務を承継するので、相続人各自が賃貸人に対し、賃料全額の支払義務を負います。
    • 賃借人の相続人が複数の場合には、賃貸借契約の解除は相続人全員に対して行わなければなりません。
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