法律相談

月刊不動産2019年5月号掲載

手付倍返しによる売買契約の解除

渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所 弁護士)


Q

売買契約を締結して土地を売却しましたが、決済前に事情が変わり、手付倍返しで契約を解除したいと考えています。買主に対して通知をするだけで、契約を解除したことになるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 現実に金銭の提供が必要

     手付倍返しの通知をするだけでは足りません。現実に手付の倍額の金銭を提供することが必要です。金銭を提供するというのは、相手方が受け取ろうと思えば受け取れる状況を作り出すことです。たとえば、売主が現金を準備して買主のもとに赴き、現金を買主の前に差し出すということです。

  • 2. 手付けの意義

     不動産の売買では、契約時に買主が売主に一定の金銭を手付として支払う慣行があります。手付の額は一般に売買代金の5%から20%の間で決められます。手付金には、証約手付、違約手付、解約手付の3つの意味があります。
     1つ目の証約手付とは、売買契約の成立を表すという意味です。通常、手付の授受は売買成立を証明するものとなります。
     2つ目の違約手付とは、買主違約の契約解除の場合には手付が違約金として没収され、売主違約の契約解除の場合には、手付を返還し、かつこれと同額を違約金として支払うことをいいます。多くの売買契約において手付金には違約手付の意味が付与されています。
     3つ目の解約手付とは、契約成立後であっても、売主からは手付の倍額を返還することによって、また買主からは手付を放棄することによって、それぞれ相手方の承諾を得ずに、かつ、その他の損害賠償をすることなく契約を消滅させることができるという意味です。

  • 3. 手付倍返しによる契約解除

     売主が手付倍返しによる契約解除をするには、手付倍返しによって契約を解除する旨を買主に通知するだけでは足りません。最高裁は、「民法557条1項により売主が手付けの倍額を償還して契約の解除をするためには、手付けの『倍額ヲ償還シテ』とする同条項の文言からしても、また、買主が同条項によって手付けを放棄して契約の解除をする場合との均衡からしても、単に口頭により手付の倍額を償還する旨を告げその受領を催告するのみでは足りず、買主に現実の提供をすることを要する」と判断し、契約解除の効力を認めませんでした( 最判平成6 . 3 . 2 2 )。したがって、売主からの手付解除には手付倍額の提供(相手方が受け取ろうと思えば受け取れる状況を作り出すこと)が必要であるというのが、確定した判例法理となっています。

  • 4. 改正民法

     ところで、現行民法では、手付につき、「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる」と定められていますが( 現行5 5 7 条1項)、2020年4月施行の新民法では改正がなされて、「買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない」となります(新557条1項)。改正されたのは、次の3点です。

    (1)手付倍返しの方法
     現行条文では、手付倍返しは、「倍額を償還して」契約を解除するという定めとなっており、文言からは、相手方が受け取ったことを必要とするようにも読めます。しかし、現実の提供を要するものの、相手方の受取りまでは不要とされています(最判昭和51.12.20)。
     新民法の条文は、手付倍返しには、現実の提供が必要という最判平成6.3.22と、現実の受取りまでは不要という最判昭和51.12.20をあわせて、手付倍返しによる解除を行う場合の文言を、「償還」から「現実に提供」に改めました。

    (2)手付解除ができなくなる履行の着手の主体
     現行条文では、「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」契約の解除をすることができると定めています。文言上は、手付解除をしようとする者自身が履行に着手した場合にも手付解除ができなくなるように読めます。
     しかし、履行の着手後に手付解除ができなくなるのは、履行に着手して準備を開始した者に不測の損害を被らせないためです。自ら履行に着手した後に、自らの意思で契約を解除することを否定する理由はありません。履行に着手したのが手付解除をしようとする当事者本人であるときは手付解除が否定されない(自ら履行に着手しても、相手方の履行の着手までは、手付解除は可能)とするのが、判例法理です( 最判昭和40.11.24)。新民法では、「相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない」として、判例法理を明文化しました。

    (3)履行の着手の主張立証責任
     現行条文では、履行の着手があったことの主張立証責任の所在は判然としませんが、実務上、手付解除を争う相手方が、履行に着手したことの主張立証責任を負担するものとされます。新民法では、手付解除を争おうとする当事者に履行の着手に関する主張立証責任があることが、ただし書を付加するという形で、明文化されました。

今回のポイント

●手付には、証約手付、違約手付、解約手付という3つの意味がある。
●売主が手付倍返しによる契約解除をするには、手付倍返しによって契約を解除する旨を買主に通知するだけでは足りず、手付の倍額について、現実の提供をしなければならないというのが、確定した判例法理である。
●改正後の新民法では、「売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる」として、手付の倍額について、現実の提供をしなければならないことが条文化された。

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