賃貸相談

月刊不動産2015年10月号掲載

店舗兼住宅賃貸借での店舗部分の拡大

弁護士 江口正夫(海谷・江口・池田法律事務所)


Q

店舗兼住宅として貸家で美容院を経営していたテナントが住居部分も店舗として利用していることが判明しました。このような場合、賃貸人は、賃貸借契約を解除できるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

    賃貸借契約の違反があったとしても、裁判例では契約解除は認められていません。賃貸借契約は、建物が損傷を受けるなど、総合的に判断して信頼関係を破壊する特段の事情がある場合に限って解除が認められています。黙認していると誤解されないよう、書面で注意しましょう。

  • 建物賃借人の法的義務

     賃貸借契約においては、賃借人の義務の最たるものは、賃料を約定の期日に支払うことですが、賃借人の法的義務は賃料支払義務だけではありません。建物賃借人は、賃借した建物を定められた用法を遵守して使用する義務を負っています。民法の賃貸借の条文を一見すると、何も規定されていないように見えますが、民法第616条は使用貸借に関する民法第594条第1項を準用しているのです。民法第594条第1項は、「借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。」と定めています。要するに、建物の賃借人は、定められた用法に従った使用をしなければならない法的義務を負っています。そこで、店舗兼住宅として貸家を使用していたテナントが住居部分を店舗として利用していることが判明した場合には、それが用法に違反しているかどうかの問題になります。

  • まず賃貸借契約の内容を確認

     建物の用法は、「契約又はその目的物の性質」によって定まるものとされています。建物賃貸借の場合、目的物の性質という観点からすれば、目的物を建物としての用途で使用している限り、用途に違反していないということになります。そこで、契約で特定の用途に使用すべきことが定められているかどうか、が問題になります。そこで、本件のように、従来と異なる使用がなされている場合は、まず、賃貸借契約書を確認する必要があります。賃貸借契約に、建物の使用目的として「店舗兼住宅」あるいは「美容院兼住宅」として使用目的が限定されているかどうかが、最初のポイントです。もし、住宅として使用目的が定められている部分を店舗に拡大している場合には、それが債務不履行になることは明らかです。

    ただし、判例は、賃貸借契約のような継続的な契約関係の場合には、契約違反があったのみでは契約の解除は認めておらず、信頼関係を破壊する特段の事情がある場合に限って契約の解除が認められています。

  • 使用目的違反と信頼関係破壊の判断

    賃借人に使用目的違反がある場合、その違反が信頼関係を破壊するものであるか否かを判断する際には、一般的には、①違反の程度、態様、②建物の損傷の程度、③建物の構造等に悪影響を及ぼすものか否か、④原状回復が容易であるか否か、⑤建物の価値が増加したり使用上の便益が増加したか否か、⑥家主の制止にもかかわらず強行されたものか否かなどの事情が総合的に考慮されます。

    住居部分を店舗にした場合は、まず、違反の程度、態様に関して、それが住居部分の模様替えに止まっているのか、その部屋を店舗用に一部改築ないし改造しているのかという点を確認します。

    ①模様替えの場合

    判例では、畳部屋を板張りにしたり、壁を塗り替えて営業をするなど、それが貸主にとって特段の不利益を与えるものとは判断できないような場合には、たとえ貸主に無断で行われたものであっても、信頼関係を破壊するものではないと判断されています。

    しかし、同じく模様替えではあっても、建物の柱を2本切り取り、別に取り外しの容易な柱1本をあてがった場合は、建物の保存に悪影響を及ぼすものであり、貸主に与える不利益も大きいとして契約を解除できると判断されます。

    ②改造ないし改築の場合

    判例では、改築によって、屋根を葺き替え、土台や柱を取り換えたような場合など、建物が損傷を受けたり、原状回復が容易でないような場合には、信頼関係の破壊があると判断するものが多いといえます。

    もっとも、改築であっても、原状回復が容易であったり、建物の使用上の便益が増加するような場合などは信頼関係を破壊しないものとされています。通路を設け、浸水防止のために床を工事したような場合には信頼関係を破壊しないものとされています。

  • 黙認していると誤認されないようにすること

    なお、解除の可否の問題だけではなく、使用目的に違反している場合に、これを放置したまま賃料を受領していると、使用目的違反を黙認したと言われることが有り得ますので、必ず書面で注意するなど、黙認していると受け止められないようにすることが必要です。

  • Point

    • 賃借人の法的義務は賃料支払義務だけではなく、用法遵守義務も負っている。

     

    • 建物の用法は「契約又はその目的物の性質」によって定まるため、従来と異なる使用がなされている場合はまず賃貸借契約書の使用目的を確認する。

     

    • 賃貸借契約のような継続的契約関係の場合では契約違反だけでは契約の解除はできず、信頼関係を破壊する特段の事情がある場合に限り契約解除が可能である。

     

    • 使用目的違反の場合にこれを放置して賃料を受領している場合は、使用目的違反の黙認と誤認されないよう、必ず書面で注意するなどの措置が必要である。
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