賃貸相談

月刊不動産2026年5月号掲載

原状回復と、いわゆる「クリーニング特約」

弁護士 江口正夫(江口・海谷・池田法律事務所)


Q

 当社は、賃貸マンションを経営しており、賃借人との間の賃貸借契約書には、「原状回復に要する費用は東京都の賃貸住宅紛争防止条例に基づき求めるものとします。ただし、ハウスクリーニング費用は、賃借人の全額負担となります」と記載しています。
 賃借人が退去した際に、敷金からハウスクリーニング費用を差し引いて返還したところ、賃借人から、自分は退去の際に清掃しており、専門業者によるハウスクリーニングは行われていないから、敷金は全額返金してほしいと言われました。このようなクリーニング特約をしていても、クリーニング費用の請求は認められないのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  原状回復においては、通常損耗の回復は原則として対象となりませんが、これと異なる特約が有効とされるためには、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が、賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているなど、その旨の特約が賃借人との間で明確に合意されていることが必要である、とするのが最高裁の判例です。
     「ハウスクリーニングは賃借人の負担とする」と記載すれば、それだけでこの要件を満たすと考えられるのかについては、本件クリーニング特約は、専門業者に清掃を委託する必要のない場合にまで、ハウスクリーニング費用を賃借人に負担させる趣旨を含んでいるか否か、実際に行われた清掃の有無・程度にかかわらず、一定のハウスクリーニング費用を賃借人の負担とすること、賃貸人が清掃を実施した場合にも、相当費用の支払い義務が賃借人に生じることが明示されていないことを理由に、無効とする裁判例が少なくないことに注意してください。

  • 本件クリーニング特約の問題点

     クリーニング特約が無効であると争われるケースは少なくありません。本件特約は「原状回復に要する費用は東京都の賃貸住宅紛争防止条例に基づき求めるものとします。ただし、ハウスクリーニング費用は、賃借人の全額負担となります」と記載していますが、これで通常損耗部分を賃借人の負担とすることが明示され、賃借人との間で通常損耗を賃借人が負担する旨が明確に合意されたといってよいかが問題となるところです。

  • 「ハウスクリーニング」の一言で内容は明確か?

    (1)国土交通省 原状回復ガイドライン
     国土交通省による、いわゆる原状回復ガイドラインでは、ハウス(ルーム)クリーニング等の清掃費用については、「経過年数は考慮しない。借主負担となるのは、通常の清掃を実施していない場合で、部位ごと、または住戸全体の清掃費用相当分を借主負担とする」と記載されています。
     この記載からすると、賃借人が費用を負担する「ハウス(ルーム)クリーニング」とは、通常の清掃を実施していない場合を前提としているようにも読めます。

    国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
    https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html

    (2)賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書の解説等
     また、条例に基づく説明書の解説において、「ハウスクリーニングは、ゴミの撤去、掃き掃除、拭き掃除、水回り清掃、換気扇やレンジ回りの油汚れの除去、照明器具の汚れの除去、エアコンの汚れの除去等を専門業者により実施します。この費用は借主の全額費用負担となります(25,000円くらいが目安となっています)」と記載されているものもあります。

  • 裁判例

    (1)東京地判平25・5・27 ウエストロー・ジャパン
     事案は、賃貸借契約および重要事項説明に「ハウスクリーニング費用は賃借人の全額負担となります」と記載されている事案において、裁判所は、重要事項説明書には、クリーニング費用が賃借人の負担である旨が記載されているものの、条例に基づく説明書の記載と併せて読めば、本件清掃費用負担特約は、専門業者に貸室内の清掃を委託した場合に生じる費用を賃借人の負担とするものであり、専門業者に清掃を委託する必要のない場合にまで、ルームクリーニング費用を賃借人に負担させる趣旨を含んでいることは明示されていないとして、この特約によって、専門業者に委託する必要のない清掃については、賃借人に義務はないとの判断を示しています。

    (2)トラブル防止のために
     賃貸借契約書において、クリーニング特約の内容が何か、専門業者に委託しない場合も含むのか等について明確に合意することが、紛争防止のために必要なことだと思われます。

今回のポイント

●「ハウスクリーニング費用」と記載しただけでは、専門業者に委託する必要のない場合も含まれるのかで、もめることがあり得る。
●裁判例では、「賃借人が明渡しに際して行うべき本件建物の清掃が不十分な場合に、それを補う限度での専門業者によるハウスクリーニング費用」と限定的に解するものがある。

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