賃貸相談

月刊不動産2017年12月号掲載

借地上の賃貸建物の修繕の可否

江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

弊社は地主から借地した土地上にアパートを建築して賃貸事業をしています。先日の台風で屋根と外壁が激しく損傷したため、アパートの住民から修繕の請求がありました。台風の被害を受けた箇所の修繕ですので、修繕することに問題はないと考えてよいでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     建物賃貸借契約における賃貸建物の修繕は、本来的には建物賃貸人の法的義務ですので、保存行為に該当する通常の修繕であれば、原則として自由に行うことができます。

     しかし、屋根や外壁の破損の状況により大規模修繕に該当するような場合には、土地賃貸借契約に増改築禁止特約があるときは地主の承諾か、裁判所の許可を得る必要がある場合があります。

     また例外的に建物が朽廃寸前の状態であった場合には、修繕をしなければその建物が朽廃するはずの時期に土地賃貸借が終了したと判断した判例がありますので、注意が必要です。

  • 1.建物賃貸借契約における修繕義務

     賃貸建物が地震や台風などで賃貸人・賃借人のいずれにも責めに帰すべき事由がないのに修繕が必要になった場合、修繕義務を負うのは原則として賃貸人です。民法606条1項は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と定めています。地震や台風の被害によるものなど、賃貸人に全く過失がない事情によって生じた不具合についても賃貸人が修繕義務を負うのかということが問題になりますが、賃貸人が修繕義務を負う範囲は賃貸人の責めに帰することができない損傷も含むというのが通説です。

     したがって、賃貸建物に修繕の必要が生じた場合は、それが賃貸人の責めに帰すべき事由によって生じたものであるか否かに関わりなく、「修繕が可能」である限りは、賃貸人に修繕義務が発生します。「修繕が可能か否か」は物理的、技術的な見地のみではなく、経済性をも考慮して判断すべきと解されています。修繕の規模があまりに大規模となり、新築と同様の費用を要するような場合は、修繕に過分の費用を要するものとして、賃貸人に修繕義務は発生しないと解されています。

     したがって、地震や台風による被害であっても、通常可能な修繕の範囲内であれば、原則として賃貸人に修繕義務が発生します。

  • 2.借地上の建物賃貸借契約における修繕

     本件では、アパートは借地上に建築されているとのことですが、御社が建物賃貸借契約に基づき修繕義務を負う場合、修繕を行うには地主の承諾を得る必要があるのかということが問題となります

    (1)借地上建物の修繕と土地賃貸人の承諾の要否

     借地人が借地上の建物を修繕するには、その都度、土地賃貸人の承諾を得る必要があるのかについて、一般的には、借地契約において借地人は、借地契約期間中は排他的に土地を使用収益する権利を有しています。そもそも、借地人による借地上建物の修繕や増改築を禁止する条文は民法にも借地借家法にもありません。借地人は土地の使用収益を行うことが権利として認められていますので、本来的には、契約期間内において建物を建築したり、修繕や増改築を行ったりすることも借地人の権利の範囲内です。したがって、法的には借地上建物の増改築は禁止されていないのです。ましてや、借地上建物の修繕を自由に行えるのが原則です。

    (2)借地契約に増改築禁止特約がある場合

     これに対し、昨今では、借地契約において増改築を禁止する特約が設けられる場合が少なくありません。この特約は借地人に不利な特約ですが、現行の借地借家法は、借地人に不利な特約をすべて無効としているわけではありません。借地借家法に定める強行規定に反して、借地人に不利な特約を無効としているだけです。借地借家法には、増改築に関する強行規定が存在していません。したがって、借地人の増改築を禁止する特約自体は、借地人に不利な内容を規定する特約ではありますが、法的に有効であると解されています。この場合でも禁止されるのは増改築であり、原則として修繕を自由に行えると考えてよいと解されます。

    (3)借地上建物の修繕が大規模になる場合

     本件では屋根と外壁の修繕が必要ということですが、被害調査の結果によっては、外壁を作り替える等の大規模修繕工事となる場合があり、この場合には、修繕工事であるとはいっても、その規模、内容からみて、実質的に、禁止されている増改築に該当すると判断されるおそれがないわけではありません。万一、それが増改築に該当すると判断された場合には、土地賃貸人の承諾または裁判所の許可を得ることなく増改築を行った場合は、増改築禁止特約に違反し、土地賃貸借契約の債務不履行であるとして、土地賃貸借契約そのものを解除されるリスクがあります。したがって、そのような場合には、地主の承諾を求め、承諾が得られない場合には、裁判所の許可(借地借家法17条2項)を得ておく必要があります。

    (4)修繕前に建物が朽廃寸前の状態である場合の修繕

     また、平成4年8月1日よりも前に借地契約を締結しているときは、建物が朽廃寸前の状態にある場合に修繕を行う際には格別の注意が必要になります。なぜなら、平成4年7月31日までに借地契約を締結した物件については、建物が朽廃した場合は借地権が消滅するとの旧借地法2条の規定に従うことになるからです。このような場合に地主の再三の異議を無視して朽廃寸前の建物に大規模修繕を施したような場合には、借地契約は「遅くとも修繕前の建物が朽廃すべかりし時期に終了したものと解するのが相当である」とした裁判例がありますので注意が必要です(最判昭和42年9月21日)

  • Point

    • 借地上建物が修繕の必要を生じた場合は、賃貸人に責任がない場合であっても、原則として、賃貸人は修繕義務を負う。
    • 民法、借地借家法は、借地上建物の修繕や増改築は当然には禁止していないが、増改築禁止特約が存する場合には、増改築について地主の承諾が必要となる。
    • 増改築禁止特約があっても、通常の修繕は増改築には該当しないため、原則として、地主の承諾は不要であるが、大規模修繕の場合には、その程度によっては地主の承諾が必要な場合がある。
    • 旧借地法2条が適用される物件では、朽廃寸前の建物に大規模修繕を行った場合に、修繕前の建物が朽廃したと考えられる時期に借地契約が終了すると判断される場合がある。
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