賃貸相談
月刊不動産2003年9月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(16)
弁護士 瀬川 徹()
Q
私は、一軒家を借り受け、家族と住もうと考えておりますが、家主が、賃貸借契約をするにあたり、公正証書にしなければ契約しないといっています。応じなければならないでしょうか。また、家主が公正証書にしたがる理由はなんでしょうか?
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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どうしてもその家を借りたいのならば、家主の要求に応じ、公正証書による賃貸借契約をせざるを得ないでしょう。賃貸借契約が必ず公正証書によらなければならないものではありません。しかし、公正証書による賃貸借契約をしておくことで、万一、賃料の不払いが生じたとき、賃料の支払い義務など金銭の支払い履行について、裁判などによる判決の取得を待つまでもなく強制執行が可能となるなどの利点が考えられるからです。
「問題点と知識の確認」
1. 賃貸借契約と公正証書化の必要性の有無
(1)賃貸借契約は、口頭でも書面でも成立可能であり、一般的に借地であれ、借家であれ契約の締結に関し、公正証書化を要求するものではありません。ただし、借地契約について事業用借地権(借地借他方24条)の契約だけは、必ず公正証書による契約の締結を義務付けております。なお、定期借地権(同法22条)や定期建物賃貸借(同法38条)については、借地借家法は契約締結を「公正証書による等書面によって・・」と表現しておりますが、書面によることを要件とし、必ず公正証書によることまで要求しているわけではありません。
(2)本件の一軒家の借家契約は、上記事業用借地借家契約ではないので、本来、口頭でも可能ですが、契約締結の事実や契約条件の紛争を防ぐ意味から通常は、一般的な私製の契約書により締結されます。また、仲介業者が介在する場合などは、宅地建物取引業法の趣旨から仲介業者に契約の書面作成が義務付けられており(業法37条)、その観点から契約書面が作成されるのが一般です。
2.公正証書と作成方法
(1)公正証書は、公証人が証書として作成する文書であり、一般的には、公正証書の作成を希望するものが公証人役場に出向き、公証人に公正証書の作成を依頼して作成してもらいます。
(2)作成依頼者は、賃貸借契約の当事者です。貸主、借主、そして連帯保証人がいる場合には、その三者になります。全員が出頭し、作成依頼をするのが原則ですが、本人が出頭できない場合、代理人を立てることが可能です。通常、公証人が関係者の本人確認をする手段として、個人であれば住民票と印鑑証明書、法人であれば、資格証明(会社謄本など)と印鑑証明書の提出が必要となります。また、契約内容を正しく証書化するために、大勝物件の登記簿謄本なども求められます。公証人は、契約内容について、無効な法律行為について公正証書を作成することを禁止されていますので(公証人法26条)、契約条件も関係者の好き勝手に定めることができない場合があります。公証人が署名捺印した公正証書の原本は、公証人に保管され、関係者には正本や謄本が交付されます。作成には、公証人への手数料や正本・謄本の交付費用などが必要となります。
(3)公正証書は、通常の私製文書と異なり、強制執行認諾約款の文言が記載されますと「執行調書」として確定判決と同様の効果が認められます。つまり、後日改めて裁判を定期し判決を得る必要がないのです。ただし、この効果が認められるのは、金銭の支払いを求める請求権についてのみです。したがって、賃貸借が紛争となった場合通常問題となる未払い賃料の請求に対応できますが、借主に明け渡しを求める面では対応できません。後者の面では裁判が必要となります。なお、金銭の支払いを求める強制執行を行う場合も、前提として公正証書の謄本が債務者である借主に送達されている必要があります。公正証書作成時に債務者に対する謄本送達手続を行い、送達証明書の交付を受けておくことをお勧めします。いざ執行の際、債務者が公正証書の謄本送達を回避したり、行方不明で送達が困難となる場合が生じるからです。
(4)公正証書により強制執行する場合には、執行申立てを裁判所に行います。債務者である借主の財産の差押え等の申立ては、裁判所に対し行い、裁判所から差押命令を発してもらいます。通常は、その手続の前に裁判で金銭を支払えとの判決を取り、それが確定して初めて強制執行の申立てが可能となりますので、その判決手続きの省略が可能となるのです。
3.関係者の利点
(1)貸主にとり公正証書化をすることは、判決手続を経ずに金銭給付の強制執行が可能となり、また、作成段階で、契約内容の明確化、合理性が確認され、関係者の印鑑証明書の提出などにより連帯保証人を含む関係者の意思確認もされるなど、後日の紛争の回避が可能となる利点が存在します。ただし、強制執行の可能性を除き、そのほかの点は、しかるべき専門業者が介在した通常の契約締結でも十分目的が達成されるものです。
(2)借主や連帯保証人にとっては、契約内容が不当に介し主に有利となるなどの状況を回避できる利点が考えられますが、元々、通常の契約書でも借地借家法の強制執行規制に反する契約条項は、無効であり、また、公序良俗に反する条項も無効であり、消費者契約法が適用される場合には、その趣旨に反する条項も無効となる可能性がありますので、公正証書化の直接の利点というほどでもないでしょう。
(3)しかしながら、関係者にとり、公正証書による契約締結を拒絶するほどの要素もない以上、是が非でもその物件について契約を締結したければ、貸主の希望に従い公正証書による契約をするほかはないでしょう。