賃貸相談
月刊不動産2003年8月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(15)
弁護士 瀬川 徹()
Q
私は、マンションの一部屋を所有し、Aに対し長年にわたり賃貸借してきました。ところが、マンションの保存のための定期修繕をおこなうことになり、賃貸している部屋の内部についても数日間工事をせざるを得なくなりました。その間、賃借人Aは、部屋での生活ができないとのことでホテルを借りて、数日間生活しました。そして、Aは、私に対し、ホテル生活をした期間分の家賃の減額とホテル代の請求をしてきました。また、応じなければ借主から契約を解除するといっています。私は応じなければならないでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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本件の場合、Aがホテル暮らしをせざるを得ない期間分の家賃の減額には応じる必要がある場合が存在しますが、合わせて、ホテル代の支払いまで応じる必要は、必ずしもないでしょう。応じないことで契約を解除されることはないでしょう。
「問題点と知識の確認」
1. 貸主の修繕義務と保存のための修繕の権利並びに借主の修繕受忍義務
(1)賃貸借の貸主は、その目的物の使用収益に必要な修繕をおこなう義務を負担しています(民法606条1項)。ですから、借主は、原則として、必要な修繕を貸主に要求することができるのです。もちろん、貸主と借主との特約でこの義務の一部を免除したりすることも小修繕の範囲で可能とされています。
(2)一方、目的物の保存のために必要な修繕行為は、貸主の権利としておこなうことができ、その反面として、借主は、そうした保存のための修繕を拒否することができません(同法606条2項)。
万一、借主がそれを拒否すれば場合により貸主から契約解除もあり得ます(横浜地裁昭和33・11・27判決)。(3)本件の定期修繕に伴う部屋の工事は、マンション自体及び部屋の保存に必要な工事と考えられますので、貸主の修繕工事は権利であり、したがって、借主Aもその修繕工事を受任する義務があるものと考えられます。
2.修繕工事期間中の賃料額の減額の可否
修繕工事期間中、借主が部屋を通常に使用することが全く不可能である場合には、貸主の部屋を使用させる義務が不能状態であったことになり、その間借主の使用収益が妨げられており、部屋の利用の対価である借主の賃料の支払義務も、その期間の部分に関し免除されるのではないかと考えられます。部屋の使用収益と賃料の支払が対価関係にあることから、その範囲で借主は賃料支払い義務を免れるとの考えが判例の理論だからです(東京地裁平成5・11・8判決)。この判例の場合は、貸主が修繕義務を怠り、借主が部屋の利用が全く不可能となった場合に、その利用の対価である使用収益ができなかった期間の賃料支払い義務を免除するとの判断をしたものです(但し、この事案では、使用収益が全く不可能という状況ではないので、当然には賃料支払い義務を免れないとの判断をしました)。本件のように貸主の権利としての保存のための修繕行為の間利用が不可能であった場合とは、状況が異なりますが、賃料支払い義務が利用の対価であるとの考えからすれば、本件でも、その間の賃料の支払い義務の免除は可能と考えます。
3.ホテル代の請求と解除の可否
本件部屋の利用が不能となったのが、もし、貸主の借主に対する部屋の利用をさせる義務の違反であれば債務不履行として、借主も貸主に損害賠償を請求し、場合により契約解除も可能でしょう、そうした損害賠償の一環としてホテル代の相当額の請求が可能となる場合があるかもしれません。
しかし、本件の場合、修繕行為は、貸主の保存行為としての権利であり、借主は、その修繕を拒むことができないもので、その間、部屋の使用収益ができなかったとしても、貸主に責任があるとすることは無理であり、貸主の債務不履行ではありません。したがって、借主が、賃料の免除のほかにホテル代の請求をすることはできないものと考えます。
また、この場合、貸主に債務不履行の事実はなく、借主からの契約解除は、無効でしょう。「実務上の留意事項」
1.現実の修繕が、貸主の保存行為としての修繕なのか否かは、判断が難しい場合があります。また、その間の使用収益が本当に不可能か否かも同様です。賃貸借契約締結時に、物件の状況を十分調査認識し、保存行為としての定期修繕の必要性とその時期について、契約当事者にも共通の認識が持てるようにしておくことが、必要でしょう。