賃貸相談
月刊不動産2003年5月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(12)
弁護士 瀬川 徹()
Q
アパートの貸主です。ある部屋をA氏に貸し、A氏とその内縁の妻が住んでいました。ところが、A氏が急逝し、内縁の妻だけが残されました。A氏には、既に結婚し独立した息子たちがいますが、その息子たちと内縁の妻は、あまり仲が良くないようです。今後、貸主として明け渡しの問題を含めどのような行動をとればよいのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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この部屋の賃借権は、A氏に法定相続人(息子たち)がいれば、その相続人に当然承継されます。その場合でも、既にこの部屋に同居していた内縁の妻は、貸主に対し法定相続人の賃借権の承継を援用して対抗することができるとされていますので、直ちに、出ていくよう請求することは無理でしょう。また、今後の契約を継続するか否かを誰と協議するかについて、後述する慎重な検討が必要です。
「問題点と知識の確認」
1. 賃借権の相続と同居の内縁の妻の立場
(1)賃借権の相続
部屋の賃借権も相続財産として当然に相続が認められます。A氏の死去によりこの部屋の賃借権は、当然に法定相続人である息子たちに相続承継されます。その承継について貸主の同意は必要ありません。その結果、この部屋の賃借人の地位(利用する権利、賃料の支払い義務、敷金返金請求権の承継など)は、息子たちに承継されたことになります。
(2)賃借権に関する同居の内縁の妻の立場
A氏に法定相続人がいない場合には、この部屋の賃借権は、A氏と同居していた内縁の妻が承継することができます(借地借家法36条、もちろん、内縁の妻は、相続人なしで死亡したことを知ってから1月以内に承継しない旨を伝えれば承継しません)。この場合には、貸主は、今後A氏と同居していた内縁の妻を借主として考えることになります。内縁の妻は、賃料を支払う義務を承継し、一方契約を終了させる協議も行うことができます。したがって、貸主は、出て行くよう要求することはできません。
しかし、A氏に法定相続人がいる場合は、(1)のとおり、この部屋の賃借権は、法定相続人に承継されますので、内縁の妻は、賃借人となりません。そのため、この部屋の利用の継続にあたり、内縁の妻の立場が不安定となります。そのため、判例では、同居の内縁の妻は、貸主に対し法定相続人が承継した賃借権を援用して対応することができるとされます(最高裁判例昭和37・12・25、同42・2・21、同42・4・28)。その面では、貸主が内縁の妻に対し出て行くよう要求することは無理でしょう。なお、法定相続人の賃借権の援用を認めたからといって、内縁の妻が、相続人とともに共同の賃借人になるわけではありません。そのため、この場合の内縁の妻には、賃料支払い義務もなく、賃貸借契約の解除等の意思表示の当事者にもなりません(最高裁判例昭和42・2・21)。2.相続人と内縁の妻との対立と賃借関係
A氏に相続人がいる場合、相続人と内縁の妻との関係が良好であれば、その部屋の利用の継続に問題が生じにくいのですが、関係が良くない場合には、相続人が賃借権を相続したことを理由に内縁の妻に対し部屋の明け渡しを求めたり、貸主と賃借人である相続人とで賃貸借を合意解除し、貸主が内縁の妻に明け渡しを求めてくる場合があります。この場合には、明け渡しを求める相続人や貸主の具体的な必要性や諸事情と内縁の妻側の諸事情を考慮して、相続人や貸主の明け渡し要求が権利の濫用に該当する場合には、要求は認められないとした判決があります(最高裁判例昭和39・10・13、東京地裁判例昭和63・4・25)。一定程度の保護が図られていますが、不安定であることは否定できません。貸主も、単に賃借権を承継した相続人との協議だけで、契約を合意解消したりしても居住する内縁の妻に対しては、対抗できない場合があることを注意してください。
「実務上の留意事項」
1.賃貸借の借主が、その部屋を複数で利用する場合、借主当事者以外の者の部屋の利用がどのような権利に基づくものかを認識しておく必要があります。借主の家族の場合、借主の履行補助者として借主の利用に付帯して利用が認められるだけで、独立の利用権があるわけではありません。内縁の妻も本来は、その立場ですが、借主が死亡することにより、上記のような問題が生じます。
2.内縁の妻の立場をより強くしておこうとすれば、内縁の妻も借主ともに共同の賃借人として契約しておくか、又は、借主が遺言により賃借権を内縁の妻に遺贈するなどの工夫が必要でしょう。
3.貸主も、A氏の死去後は、内縁の妻と法定相続人の双方とよく協議しながら今後の処理を決める必要があります。少なからず法定相続人は、貸主との間で賃料支払い義務があり、一方、法定相続人と内縁の妻との間には、相続人が負担した賃料支払い義務について、求償すべき問題が生じるからです。