賃貸相談
月刊不動産2003年4月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(11)
弁護士 瀬川 徹()
Q
アパートの貸主ですが、最近、ある部屋の賃借人が内緒で室内犬を飼っていることが判明しました。その賃借人の隣室の方から私に犬の鳴き声が騒がしく、また臭いがして嫌なので注意してほしいとの申し入れがされたのです。貸主としてその賃借人との賃貸借契約を解除し、出て行ってもらえるものでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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賃貸借契約の中で犬や猫などの室内での飼育を禁止する特約をしている場合には、原則的に借主の契約の特客違反となり契約解除も認めら得ますが、そのような禁止特約がない場合には、犬の飼育状況が近隣に相当程度の迷惑を与えているなどの状況がある場合に契約解除が認められる場合があり得ます。
「問題点と知識の確認」
1. 犬・猫の飼育と社会の一般的な認識
最近、犬や猫などは、人間生活と共生できる存在としてコンパニオンアニマルと呼ばれ、人間生活に不可欠な存在とする社会的な認識の変化がみられるようになってきました。しかし、共同生活の中にあって、犬や猫の排泄物や抜け毛による室内の汚染、鳴き声、臭いなどによる他の居住者への迷惑や損害の恐れも現実に存在しています。そのため、こうした犬・猫などのペットの効用は、必ずしも一致した認識になっているとは考えられません。
2.ペット飼育禁止特約の効力そのため、共同生活であるアパートやマンションの室内などで犬や猫などのペットの飼育を一律に禁止する特約は、合理性があり有効と考えられています(東京高裁判決昭和55・8・4、東京地裁判決平成7・7・12)。したがって、本件賃貸借でもそもそも犬・猫の飼育禁止の特約が存在していた場合には、借主の密かに室内で犬や猫を飼育する行為は、この特約違反即ち債務不履行ですし、その飼育により室内が汚れたり損傷した場合には、借主の用法違反(善管注意義務違反)となり貸主からの賃貸借契約の契約解除がされる場合が考えられます。
3.禁止特約の存在しない場合
禁止特約が存在しない場合には、居住に伴い犬や猫などのペットを飼育することは、通常予測できる生活パターンでもあり、原則として部屋の通常の利用方法の範囲内として許容されるものでしょう。
しかし、犬や猫を飼育することでアパートの部屋や建物を汚染・損傷したり、近隣にも損害や迷惑をかけることにより貸主に苦情が寄せられるなどし、貸主に回復しがたい損害を与え、賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至ったものと認められる場合は、借主の用法違反を構成、契約解除が認められる場合が考えられます。これは、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な契約関係であり、借主の部屋の利用が重大な問題を生じさせ、その結果、賃貸借契約の当事者間の信頼関係を維持し難い程度にまで至っている場合には、信頼関係が破壊されたとして契約関係を解除することができると考えられているからです(信頼関係破壊の理論)。
この考え方は、もともと裁判の実務が構築してきた理論であり、継続的な契約関係である賃貸借契約の解消(解除)を認めるには、単に賃貸借契約の条項に形式的に定職しただけでは足りず、当事者間に存在する信頼関係を維持することが困難である、破壊されたと考えられるに至った場合に限るべきであるというものです。もとは賃貸借契約の賃借人を可能な限り保護する考え方から生じた理論ですが、今は賃貸借契約の解除を認めるか否かの判断の際の基本的な原理として利用されています。本件でも、こうした観点からの考察が必要でしょう。
こうした観点から解除が認められた具体例の一つは、賃借人が猫10匹を室内に放し飼いにし、部屋の周辺にペットフードを置き野良猫が10数匹も周辺に集まり、その悪臭や鳴き声で近所から苦情が寄せられていた状況で、裁判所は、「ペットの種類、数、飼育の態様、期間、建物の使用状況、地域性などを考慮し、ペットの飼育が居住に付随して通常許容される範囲を明らかに逸脱して、賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至った者と認め」借主の用法違反を認定し契約解除を認めました(東京地裁判決昭和63・3・2)。4.マンション所有者のペット飼育
賃借人に限らず、ペット飼育は、マンション所有者間でも問題とされます。管理規約でペット飼育を禁止している場合です。こうした飼育禁止の管理規約自体の再検討の議論もあるぐらい居住とペット飼育の共生への認識が変化しつつあることも事実です。ただ、今のところ、共同生活の場であるマンションの管理にあたり原則として禁止する規約が合理性を失っているとは判断されず、たとえ、所有者としても規定に反する部屋の利用方法は、他のマンション居住者の迷惑を生じさせる場合、区分所有法に基づく、利用の制限(飼育の禁止)やマンション自体の利用の制限、さらには、引渡し決議にまで発展する可能性は存在します。
「実務上の留意事項」
1.賃貸借契約時には、ペット飼育を禁止するか否か、禁止の範囲を明確に規定するとともに、仮に許容する場合にも、飼育の態様、注意事項をできるだけ具体化し、その履行状況を確認するようにしなければならないでしょう。
2.万一、賃借人に用法違反の可能性が出てきたら、速やかに注意催告を行い、改善を求め、共同生活の維持に努めるよう促すべきです。それらの積み重ねがされても改善が認められず、信頼関係が破壊された場合には契約解除もやむを得ないでしょう。