賃貸相談
月刊不動産2003年3月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(10)
弁護士 瀬川 徹()
Q
アパートの貸主ですが、最近、ある部屋の賃貸人が家賃の減額を請求してきました。貸主としては、今までどおりの賃料が適正と思っておりますが、どのような対応をすればよいのでしょうか。また今後どのようなことが考えられるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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現在の賃料が客観的にみて適正か否かを検討し、適正であるならば貸主として、その賃料額を請求するだけです。それに対し、借主は、減額がなお相当と考えるならば、各種の法的な対応をとり、適正な賃料額を確定し、それを支払うことになります。その際、適正な賃料が確定するまでの間に貸主が現実に支払い(または、供託)を受けた額と確定した適正賃料額とに差が生じた場合は、後に述べる問題が生じます。
「問題点と知識の確認」
1.賃料減額請求の可否
アパートの賃貸借契約の条項に賃料の増減請求に関する条項を入れているのが一般ですが、仮にその条項が存在しない場合でも、賃貸借契約当事者は、賃料が不相当となったときは、相手方に対し賃料の増減請求することができます。
借地借家法は、「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。」(借地借家法32条1項本文)と規定し、各当事者に賃料の増減又は減額の請求を認めているからです。ただし、契約で賃料を増額しない特約をした場合には、増額請求をすることはできません(同法1項但書)。逆に賃料を減額しない特約をしても無効と考えられています(民法コンメンタール・日本評論社)。2.賃料減額請求権の性質と行使の効果
賃料が前記諸経済情勢の変動により、または近傍同種の建物の賃料と比較して不相当となったときは、借主は、貸主に対し賃料の減額請求を行い「来月からの賃料を○○円にして欲しい」と申し入れるでしょう。この請求権は、形成権といって将来の賃料を適正な額に変更させる効果を持ったものです。従って、借主が賃料の減額請求権の行使をしますと、もし、その賃料が不相当なものであれば、将来(この場合来月から)に向かって賃料を適正な額(後で裁判などで確定する額)に変更する効果が生じます。
しかし、現実には、貸主と借主の協議により借主が減額を求めた賃料額を貸主が承服すれば、来月からの賃料は借主が求める額に変更され、その金額の授受がされるでしょうが、貸主がその額を承服しない場合には、後に述べる法的な対応が必要となります。3.貸主と借主の当面の対応
貸主は、借主から賃料の減額請求を受けても、その額を承服できない場合には、次のような対応をとるでしょう。
(1)現在の賃料がなお相当であると考える場合
貸主は、借主に対しなお現在の賃料額を請求することになります。
これは、貸主は次に述べる裁判により適正な賃料額が確定するまでの間、相当と考える賃料(この場合は現在賃料)を請求することができるからです(同法32条3項本文)。従って、借主は、裁判による適正な賃料額が確定するまで、請求された賃料を支払わない場合には、貸主から借主に対し債務不履行を理由に賃貸借契約を解除され、明渡しを求められることがあります(東京地裁平成6・10・20判決)。(2)現在賃料は、不相当だが減額請求を求められた額までの引き下げの必要はないと考える場合
貸主は、借主に対し貸主が考える相当額の賃料額(現在賃料より低いが減額請求額より高い)を請求するでしょう。この場合も(1)と同様に裁判で適正額が確定するまでの間、借主は貸主の請求する額を支払う必要があり、支払わなければ債務不履行で契約を解除されることがあります。
4.適正な賃料の確定手続き
借主は、前記3(1)(2)で貸主が請求する賃料額を承服できない場合には、適正な賃料額の確定を求めて裁判所にまず調整を求めます。その調停で協議をし、そこで双方が合意に達すれば、合意額が適正な額ということです。(しかも、話し合いによる決着ですから減額時期や現実の支払額との差額の調整も協議により決まるでしょう。)しかし、調停で協議が整わない場合には、裁判となります。この調停手続きを省いて直ちに裁判とすることはできません(調停前置主義、民事調停法24条の2)。最終的には裁判により適正額が確定します。この適正額は、貸主の請求した相当額や借主が減額請求した額と異なる場合が生じます。その場合には、貸主が現実に受け取った額と適正額との差額の調整手続きが必要になります。
5.差額の調整手続き
貸主が請求し現実に受領してきた賃料額が、裁判により確定した適正額より多かった場合(通常は、この場合が多く考えられる)には、貸主は、借主に対し超過して受領した差額に対し年1割の利息を付けて返還します(借地借家法32条3項但書)。
もし、借主が減額請求後裁判で適正額が確定するまでの間、貸主が請求した額を支払わず、しかも後に裁判で適正額とされた額より低い額を支払(または、供託)していた場合には、それ自体、借主の債務不履行であり、貸主は借主に適正額との不足額について法定利率に基づく遅延損害金を付加して請求することになるでしょう(東京高裁平成10・1・20判決)。「実務上の留意事項」
1.賃料の減額請求権は、将来の賃料の減額変更を求めるものです。当事者間の協議による場合を除き、過去に遡った請求を認めるものではありません。請求をする場合、また、される場合にしても変更を求める期間に注意してください。
2.賃料の減額請求がされた場合、貸主、借主の対応をよく説明し差額調整は、債務不履行の場合の問題を契約当事者に正しく説明してください。