賃貸相談
月刊不動産2002年11月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(6)
弁護士 瀬川 徹()
Q
アパートを賃借していたところ裁判所から家主に対する家賃を仮差押するという書類が送られてきました。この場合、今後の賃料の支払いはどのようにすればよいのでしょうか?又、差押の場合はどうでしょうか?
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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いずれの場合も家主に賃料を支払うことは禁止されましたので、家主に支払うことはできません。もし、支払えば、後に仮差押(又は、差押)債権者に二重払いを求められる可能性が生じます。賃借人としては、供託するのが賢明な対処法です。
差押の場合には、直接、差押債権者に支払うこともできますが、差押が競合した場合は供託が義務付けられます。「問題点と知識の確認」
1.賃料の仮差押命令又は差押命令の意味と効果
(1)家主の債権者が、その債権を裁判で確定し強制執行するまでの間、家主の賃料債権が支払い等により散逸するのを防ぐため裁判所に求める保全命令が賃料債権の仮差押命令です。裁判所から「○○の執行を保全するため、債権者(家主)の第三債務者(賃借人)に対する別紙仮差押債権目録記載の債権(賃料債務)を支払ってはならない。」との命令が賃借人及び家主に送られます。その結果、家主は賃借人に対する賃料の取立てが禁止され、賃借人も家主への賃料支払いが禁止されます。しかも、仮差押命令は、保全のための仮の差押えで後に差押えとなるまで債権者に支払うこともできません。その一方で賃借人の賃料支払い義務は免責されず、そのまま放置すれば賃料不払いが生じます。
2.賃借人の対処の仕方
(1)仮差押命令を受領したら、命令に記載されている賃料債権と現実の契約内容との相違、及び、仮差押の範囲を確認してください。又、仮差押命令と一緒に陳述書が同封され仮差押の対象債権の内容について回答を求められます。これは、債権者が仮差押申立の段階では必ずしも賃料債権の内容を詳細には知り得ないため、その後の手続の選択の資料にするためです。第三債務者(賃借人)が送達を受けてから2週間以内に故意、過失により陳述せず、又は、不実の陳述をするとそれにより債権者が被った損害の賠償責任が生じます(民法保全法50条5項、民事執行法147条)。なお仮差押がされても賃貸借契約に変更はなく賃借人は家主に主張できる抗弁(弁済、相殺等)を債権者に対し全て主張できます。差押命令の場合も同じです。後述の差押等の競合の事実も含め正しく記載してください。
(2)又、賃借人は、仮差押を受けた範囲で賃料を支払えず、一方、賃料支払義務は免責されないので、そのまま放置すると賃料不払いにより家主から契約解除をされます。そのため賃借人に賃料の供託が認められますので(民保法50条5項、民執法156条)、支払地の法務局に供託してください。この供託は、通常の弁済供託(家主が家賃を受け取らない場合などの供託)とは異なり特別な書式(用紙)で行います。なお。仮差押の範囲が賃料の一部である場合、仮差押の範囲を超える部分について家主に支払うこともできますが、その場合でも仮差押の範囲にかかわらず賃料の全額を供託できます。供託したら、命令に同封の事情届に供託の概要を記載し供託書正本を添付し裁判所に届けます(民保法50条5項、民執法156条3項)」
(3)差押命令の場合は、債権者が賃料の取立権を得た後に直接債権者に賃料を支払えば、賃料支払義務を履行したことになりますが、賃料を前記のとおり供託することもできます。いずれもしないときは、債権者が賃借人に対し賃料取立訴訟を提起できます。
(4)家主が苦境の場合、賃料債権について複数の仮差押や差押命令が届くことがあります。最初に差押命令が届き、その命令の債権者に賃料を支払った後に他の仮差押や差押命令が届いても、その支払いは有効です。しかし、差押命令の競合や差押命令と仮差押命令が競合した場合は、債権額に応じた平等な分配の確保のため賃料全額の供託が義務付けられます(民執法165条)。なお、仮差押命令の競合や差押命令の競合でも差押額合計が賃料額を超えない場合は、供託の義務はありませんが賃借人は供託できます。
「予防と検討」
賃料への仮差押や差押命令が賃借人に届いても基本的に契約内容に変化はなく慌てずにまず家主への支払いを停止し、差押対象と契約内容との確認をし、主張できる抗弁や差押の競合状況などを確認の上供託するか否かを判断してください。そして速やかに陳情書を作成し送付してください。供託後は、事情届けの提出を忘れずに。