賃貸相談
月刊不動産2002年10月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(5)
弁護士 瀬川 徹()
Q
アパートを2年契約で借りましたが、賃貸借契約書には「契約を更新する際には、新賃料の1ヶ月分の更新料を支払う。」との特約がついていました。しかし、契約の更新にあたり条件が合わず、契約更新の合意ができないまま入居が続いています。家主が更新料の請求を行い、支払わないときは契約を解除すると主張しています。支払わないと解除されるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
本件の場合、更新料の支払い義務がなおあるのか否か意見がわかれるところであり、また、支払義務があるとしても、それだけで契約解除を認めることは困難な気がします。そのほかの借主の債務不履行が重なれば解除もあり得るでしょう。
「問題点と知識の確認」
1.本件契約の現状の法的な確認
本契約は、期間満了時に合意の更新ができないまま入居が継続していますので、「法的更新」(借地借家法26条2項)したものと考えられます。その場合、「法的更新」後の契約条件は、契約期間が「期間の定めのない契約」に変わり、その他の条件は、従前と同じに考えます。(同法26条1項)。ですから、賃料は、従前どおりです。借主は、従前の賃料を支払えば、賃料不払いの問題は生じないでしょう。賃料を変更したければ、話し合いをまとめるか、貸主又は借主から賃料増額又は減額の各手続きを行い確定させる必要があります(同法32条1~3項)。
2.更新料の意義と支払い特約
(1)更新料の意義
更新料は、一般的に土地や建物の賃貸借契約が更新される際に賃料(地代や家賃)とは、別個に更新の対価として借主から貸主に支払われる金銭です。更新料の内容並びに授受の慣行については、必ずしも統一されず、一般的な慣行とも認められていません。法律上も更新料の規定はありません。
(2)更新料の法的性質
更新料の法的性質については、①賃料の不足分の補充のため、②期間満了時に貸主が有する更新に対する異議の権利を放棄するため(借主側から見れば更新により明渡しを求められない利益の対価)など種々の見解があります。
(3)支払い義務の存否
更新料は、法的な規定もなく、支払いに関する慣習法や事実たる慣習の存在も必ずしも認めていないのが判例です。従って、契約上の更新料の支払いを定めていない場合には、借主は、当然には更新料の支払い義務はありません。
しかし、本件のように更新料の支払い義務を定める特約をした場合には、その額が著しく高額で借主に一方的に不利益を与えるなどの事情がない限り特約は有効に考えられます。つまり、特約がある場合、原則として、合意更新にあたり更新料の支払い義務が生じると考えられます。
(4)法的更新と更新料の支払い義務
しかし、更新料の支払い特約が存在する場合にも、契約の更新が「法的更新」の場合には、支払い義務が存在するかについては、判例も意見が分かれます。更新料の支払い特約の内容を特段の事情がない限り法定更新の場合にまで予定したとは推認できないとして否定した判決例(東京地裁平4・1・8)や逆に当事者の合意の内容や更新料の賃料補充や異議権放棄の対価の性質から法定更新を除外する理由がないなどとして肯定する判決例(東京地裁平4・1・23)などがあります。本件の場合、更新料の支払い特約がどのように判断されるか、具体的な事情を加味しないと明確に述べることができませんが、支払い義務を肯定する可能性は十分あり得るでしょう。
3.更新料の不払いと契約解除
賃貸借契約は、貸主と借主の継続的な信頼関係を前提にしております。貸主の借主に対する賃料に見合う安全で快適なアパートの利用提供と借主の賃料支払い、善管注意義務に基づく利用並びに原状回復義務など相互に信頼関係が契約の基本に存在する継続的な契約です。従って、契約関係の一方的な解消は、そうした契約の基礎にある信頼関係の破壊に至ったと認められる場合にはじめて認められます(信頼関係破壊の理論)。
本件で、仮に更新料の支払い義務を認めつつもその支払いを怠ったが、その他の借主の義務に違反することがない場合には、賃貸借契約の前提の信頼関係が破壊されたとは必ずしも認められず、そのことだけを理由とした契約解除は、否定される可能性が大でしょう。但し、支払いは命じられるでしょう。
「予防と検討」
1.更新料の支払い義務の有無は、支払いの特約の存否次第です。もし、更新料の支払いを約定する場合には、明確にその特約を明記するとともに、内容的にも、相当な範囲にすべきでしょう。
2.また、契約更新にあたり更新料を受領するのは、貸主自身です。それは、更新料の前記法的性質からも明らかなことです。貸主以外の仲介者等が受け取るべき性質の金銭ではありません。
3.また、契約時の仲介者が契約更新にあたり更新事務を取り扱うことが見受けられますが、その処理は、仲介行為そのものではないと解されており、仲介者が更新事務の処理に伴い仲介手数料を受領することは、宅地建物取引業法上の報酬規定の趣旨に抵触するとして禁止されております。仲介者は、その事務を委託した者に事務処理に伴う事務手数料(数千円程度)を請求できるだけとされています。