賃貸相談

月刊不動産2002年9月号掲載

賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(4)

弁護士 瀬川 徹()


Q

アパートの賃貸借契約をする際、「賃借人は、契約が終了したときは賃借人の費用をもって本物件を当初契約時の現状に復旧させ、貸主に明け渡さなければならない」との条項を入れました。貸主は、この条項に基づき借主に対し畳の表替えやクロスの張替え費用を請求することができるでしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  この条項の表現では、契約終了時の賃借人の一般的な原状回復義務を規定したものとしか読むことができません。原状回復にあたり特別の負担を賃借人が負う特約と考えることができない以上、原則に従って、賃借人の故意や過失による畳やクロスの損傷があればその修復の費用は請求できますが、単に自然の損耗であれば、その修復費用を請求することはできないでしょう。

    「問題点と知識の確認」

    1.賃貸借契約の賃借人の原状回復義務の問題点

     民法では、賃借人は目的物を「原状に復してこれに付属せしめたる物を収去する」権利を持つと規定し、賃借人の権利の側面から定めをしています。しかし、解釈により、特約がない場合には、賃借人は、その負担で賃借物の引渡しを受けた当時の原状に戻す義務があると考えられています(原状回復義務)。この原状回復の内容(限度)をどのように考えるかが問題となってきました。①賃借物件から設置物を収去、②賃借人の故意過失に基づく賃借物の汚染・損傷(傷をつけたなど)の修復、③経年変化に基づく賃借物の価値の減少(強度の劣化や日焼けなど)の修復、④賃借人の通常の利用に基づく賃借物の価値の低下(畳おすり切れなどの自然の損耗)の修復を賃借人がその負担で行うべきかの問題です。

    2.原状回復義務の原則的な考え方

     特約で特段の定めをしてない場合、賃借人の原状回復義務の原則的な内容(限度)は、①と②までと考えられ、③と④は、賃借人が負担すべきものではないと考えられています。大阪高半平12・8・22は次のような判断を示しています。「その原状回復の限度は次のように考えられる。すなわち、(1)賃借人が付加した造作は、賃借人が取り除かなければならないし、(2)賃借人は、通常の使用の限度越える方法により賃借物の価値を減耗させたとき(例えば、畳をナイフで切った場合)はその復旧の費用を負担する必要がある。しかし、(3)賃借期間中に年月が過ぎたために強度が劣化し、日焼けが生じた場合の減価分は、賃借人が負担すべきものではないし、(4)賃貸借契約で予定されている通常の利用により賃借物の価値が低下した場合、例えば賃貸建物につけられている冷暖房機が使用により価値が低くなったとか、住宅の畳が居住により擦り切れたときの減価分は、賃貸借の本来の対価というべきものであって、その減価分を賃借人に負担させることはできない」。原状回復義務の原則については、その他の判例(東高裁昭31・8・31)も同じような考え方にたっています。

    3.原状回復義務に関する特約と限界

     しかし、前記③④に関する上記の原則的な考え方に対し契約当事者間でこれと異なる特約をすることが多く見られます。この特約に関するこれまでの判例は、そのまま効力を認めるもの(東地判平6・8・22、同平12・12・18)と、効力を制限否定するものが存在します(名地判平6・7・1等)。前者は、契約自由の原則として当事者が自らの意思と判断で決めた以上、強行法規や公序良俗に反しない限り拘束されるべきとの考え方で、後者は、消費者保護の観点から妥当性を考慮した考え方です。判例の考え方は、まだ流動的ですが、前掲大阪高裁判決も「賃貸人としては、通常の使用による減耗も賃借人の負担で修復したいのであれば、契約条項で明確にそのように定めて、賃借人の承諾を得て契約すべきものである。」と述べており、前者と同時特約の存在を認めています。従って、こうした特約の存在は、認められますが運用は慎重にする必要があります。

    「予防と検討」

    1.この特客に関する紛争は、内容が不当で無効となるか否か、及び、そもそも賃借人がこの特約を行った認識がないとの主張から生じてきます。賃貸借の実務の中でこうした特約を行う際には、特約の内容の妥当性並びにその特約に対する当事者の意思の確認を慎重に判断する必要があります。

    2.前者の点では、賃貸物件の大規模修繕に亘る原状回復責任を賃借人に負担させる特約は無効と判断され(修繕特約に関する大判昭2・5・19)、特約の範囲は小修繕に関するものに限ります(この際も、特約は貸主の修繕義務を免除する趣旨で、賃借人に修繕義務を課すものではないとの判断をしている。最判昭43・1・25)。たとえ小修繕の範囲でも、賃貸借の条件(リフォームやクリーニング後の入居か否か、賃料額の高低、礼金の授受など)如何により特約が賃借人に過度の負担を強いる場合には、公序良俗に反し無効との判断も考えられます。

    3.又、後者の点では、特約による負担内容を正しく賃借人に説明理解させ、かつ、それを契約書に明確に記載して合意することが必要です。十分な事前説明と契約書に目立つ記載をするなどの工夫が必要でしょう。

    4.又、現在、各業界が原状回復の特約のガイドラインを策定し参考にするよう指導しております。特約内容の参考として活用することをお勧めします。

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