賃貸相談

月刊不動産2002年4月号掲載

賃貸業務のトラブル事例と対応策(1)

弁護士 瀬川 徹()


Q

居住用賃貸マンションの仲介の依頼をオーナーから受けました。借主を募集するに当たり気になることがあります。募集する部屋の前の入居者が部屋で自殺したのではないかとの噂を耳にするのです。オーナーに確認すべきでしょうか?また、それが事実であれば借主に事前に説明すべきでしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  部屋の中での自殺(殺人)等の不慮の死の事実は、その部屋にまつわる嫌悪すべき歴史的事実として主観的な欠陥(瑕疵)に該当する可能性があり、仲介する立場のものは、そのような事実の有無をオーナーに確認し、かつ、それが事実であれば借主に対し事前にそれを説明すべきでしょう。これらの事実の確認や説明をすることは、仲介をやりにくくすると考える方が多いと思われますが、こうした事実の存在は、後に解説で説明するとおり、最終的には、賃貸借契約の貸主並びに仲介者の各責任を生じさせる可能性があるので避けて通れません。

    「問題点と知識の確認」
    1.「不慮の死」の持つ意味

    (1) 本件「不慮の死」の事実が存在する場合、居住用賃貸建物にまつわる嫌悪すべき歴史的な事実として建物の主観的な欠陥(瑕疵)にあたる可能性があります。その場合、賃貸借契約の目的である建物に欠陥(瑕疵)が存在したことになり、売買契約等と同様に、借主(オーナー)は、借主に対し、瑕疵担保責任(民法570条、566条の準用)に基づき、損害賠償責任を負担し、更には、契約の目的が達成されないと判断される場合には契約の解除を求められます。民法の瑕疵担保責任の規定は、本来、売買契約に関して規定されていますが、同じ有償双務契約である賃貸借にも準用されるからです。そして、契約目的物の「欠陥(瑕疵)」というのは、本来その目的物が通常保有する性質、性能を欠いていることであり、物理的な欠陥のみならず、本件のような主観的な欠陥も「瑕疵」に該当すると考えられています(判例多数)

    (2) 建物内の「不慮の死」の事実が「欠陥(瑕疵)」に該当するか否かの判決例の多くは売買契約に関するものですが、賃貸借においても同様の考え方ができます。不慮の死後6年3月後の中古マンションの売買や、6年11月後の山間部の戸建の売買では「不慮の死」の事実を「隠れた瑕疵」に当たるとして買主からの契約解除まで認めました(横浜地裁平1・9・7判夕729号、東京地裁平7・5・31判夕910号)。一方、「不慮の死」の事実が存在したとしても「隠れた瑕疵」に該当しないとの判決例もあります。7年6月後の売買だが既にその部屋が解体され存在せず、かつ、購入希望者が多数いた場合(大阪地裁昭37・6・21判309号時)や不慮の死の事実の2年後に行った建物を解体し新築分譲目的で売買がされた場合(大阪地裁平11・2・18判夕1003号)などです。
     このような「不慮の死」の事実も、経過年数、現場の状況の変化、契約の目的、周囲の環境など種々の要素を総合的に考慮して判断されます。

    2.仲介者の説明義務

     仲介者は、借主との関係で次のような法的立場にいます。仲介(媒介)契約を締結していれば、その契約の義務として、かかる事実を調査確認し、報告すべき債務を負担しております。これを怠れば、債務不履行として損害賠償責任を負担することになります。また、仲介契約の有無にかかわらず、仲介者は、宅地建物取引業者として宅地建物取引業法第35条の重要事項説明義務や第47条1項の重要な事実の告知義務を負担しております。「不慮の死」の事実は、これらの義務の対象になりますので、必要な調査確認ならびに説明を必要でしょう。これを怠れば、前期業法上の処分を受けるだけなく、損害賠償責任(不法行為など)を負担させられます。

    「予防と検討」

    1. 前述のとおり、「不慮の死」の事実が賃貸物件の「隠れた瑕疵」に該当するか否かは、様々な要素から判断せざるを得ないので、それらの調査確認に当たっても、事実の発生時期、その後の現場の処理や変化、周囲の環境の変化、その後の契約経過などを詳細に行ってください。

    2. こうした主観的な欠陥に関する調査対象の範囲は、「不慮の死」に限らず拡大傾向にあります。居住用建物の売買契約においてすぐ近くに抗争を生じさせている危険な暴力団事務所が存在していた場合、それが売買物件の欠陥(瑕疵)に該当するとして売主に損害賠償責任を認めたり(東京地裁平11・6・16)、賃貸借契約においてその部屋があるカルト集団のアジトであった事実を明らかにしなかったため、後に貸主に損害賠償責任を認めました(東京高裁平9・6・2、同地裁平8・12・19判時1616号)。このように社会の変化に応じ、調査確認すべき事項は、広範囲になっておりますので注意してください。

page top
閉じる