賃貸相談

月刊不動産2005年5月号掲載

賃貸建物のピッキング被害と賃貸人の責任

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃貸ビルのテナントが、賃借した部屋がピッキング被害に遭い損害を被ったが、賃貸人には部屋をピッキング被害に遭い難い鍵に交換する等の被害防止措置を講ずる義務があるのに、これを怠ったと主張して、損害賠償を求めてきました。賃貸人にそのような義務があるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 賃貸借契約における賃貸人の義務

     最近では、住宅、商業店舗等を問わず、ピッキングによる盗難被害が数多く報道されています。賃貸人から事務所や店舗を賃借しているテナントが、ピッキングによる盗難被害に遭った場合、賃貸人に対して、賃貸人の管理責任を追及して損害賠償を請求し得るか否かについては、賃貸借契約における賃貸人の義務とは何か、という基本的な問題を提起するものでもあります。

     賃貸借契約から生ずる賃貸人の負うべき本来的な義務は何かといえば、A:賃貸物件を使用・収益させる義務(民法601条)、B:賃貸物件の使用・収益に必要な修繕をなすべき義務(民法606条)、C:必要費・有益費償還義務(民法608条)、D:賃貸人としての瑕疵担保責任(民法559条)等であるということになります。

     一般的には、「賃借人の所有する財産を盗難等から保護することを内容とする管理義務」は、賃貸借契約を締結したという一事から法律上当然に導かれるというものではなく、賃貸人がテナントに対して、どのような管理義務を負うかは、個々の賃貸借契約の締結された事情に応じて判断されることになります。

    2. 実際の裁判例(東京地裁平成14年8月26日判決)

     ピッキングによる盗難被害で、賃借人は賃貸人に対して管理義務違反を理由に損害賠償を請求できるのかという点については、これまで先例となる判例がほとんど見当たらないのが実情です。

     1つの参考となる裁判例として、東京地方裁判所平成14年8月26日判決のケースがあります。事案は宝石や貴金属の加工、販売等を営む業者が、オーナーからビルの一室を事務所として賃借し、賃料月額32万円余、管理費はゼロとの約定で賃貸借契約を締結しました。ところが、このテナントは深夜、ピッキングによる盗難被害に遭い、貸室に保管していた宝石類や現金等合計109万円余を盗まれるという被害に遭ったとして警察に被害届けを提出しました。

    (1) テナントの主張
     テナントは、盗難はピッキングによるものであると主張し、前年の春に同ビルの1階の喫茶店が、また同年の7月には4階と6階の貸室がピッキングの被害に遭っており、これまでに今回と同種の盗難被害が多発していることはオーナーも知っていたのだから、オーナーとしては、賃貸借契約における賃貸人としての管理責任の一環として、テナントに対し、過去の被害の事実を告知し、防犯の注意を喚起するとともに、機械警備の導入や、ピッキング被害に遭い難い鍵に交換する等の被害防止策を講ずる義務があったにもかかわらず、これを怠り、何らの措置も講じなかったのであるから被害に遭ったテナントに対し、損害を賠償すべき責任があると主張して訴訟を提起しました。

    (2) オーナー側の反論
     オーナーは、「本件被害は、そもそもピッキングによるものであるか否かが未確定である」と主張するとともに、事務所内に宝石や貴金属等の高価品を保管することは用途外使用であり、テナントは金庫に保管していなかったのであるから、その盗難被害はテナントが甘受すべきであると主張して争いました。

    (3) 判決の内容
     判決は、まず、本件盗難がピッキングによるものとは認定し難い旨を判示するとともに、賃貸借契約における賃貸人の義務の内容については、テナントが主張するような、賃借人所有の財産を盗難等から保護することを内容とする管理義務については、賃貸借契約から当然に導きだされるものとはいえないこと、かかる義務は賃貸人と賃借人が、貸室の防犯について特段の合意をした場合( 特約がある場合) や、信義則上の付随義務として認められるものであって、賃貸人がこうした管理義務をどの程度負うかは個々の賃貸借契約の事情に応じて個別に判断されるべき問題であると判示し、結論として、オーナーが本件盗難以前には本件ビルにおける盗難がピッキングによるものか否かを知らず、警察から指導や連絡を受けたこともないこと等の事情から、当該オーナーには、ピッキング被害の防止策を講じる義務を負っていたということはできないと認定しています。

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