賃貸相談
月刊不動産2007年3月号掲載
賃貸人の責任を全部免除する特約の有効性
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
私が個人で経営している賃貸アパートですが、老朽化が著しく、入居者に万一の事故等があると大変です。仮に事故が起こっても賃貸人には損害賠償請求をしないと賃貸借契約書に書いてもらえば大丈夫でしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.オーナーの損害賠償責任
(1)債務不履行責任
建物賃貸借は、賃料という対価を受領して賃借人に建物を使用・収益させることを内容とするものですから、賃貸人は建物を使用・収益に適するように、賃貸対象建物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負っています(民法606条)。
仮に、賃貸建物が老朽化により、例えば外階段が腐蝕して劣化するなどの危険な状態になっているとすれば、賃借人が建物を使用及び収益できるように修繕する義務を負います。この修繕義務に違反したことにより、入居者がケガをしたというような場合には、賃貸人は契約上の債務の不履行により損害賠償責任の追及を受けることがあります。
(2)土地の工作物責任
また、賃貸人が賃貸建物の所有者でもある場合は、賃貸人は建物所有者として土地の工作物責任(民法717条)を負うことがあります。土地の工作物とは土地に付着させたもので建物はその典型です。土地の工作物責任とは、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵(欠陥)があることによって他人に損害を生じた場合に、占有者に過失がなければ土地所有者がその責任を負うというものであり、無過失責任とされているので要注意です。
例えば外階段が腐蝕して劣化するなどの危険な状態になっているとすれば、これは、少なくとも土地の工作物(建物の外階段)の保存に瑕疵があると判断されますから、これによって入居者がケガをした場合には賃貸人は入居者に対して損害賠償責任を負うことになるわけです。しかも建物所有者の工作物責任は無過失責任ですから、賃貸人が外階段が腐蝕していることを知らず、しかも知らなかったことに過失がない場合でも責任を負うことになります。
2.賃貸人は損害賠償を行わないものとする旨の特約の効力
建物が老朽化したことにより、賃借人がケガをしたり、何らかの損害を被ったという場合には、賃貸人は無過失でも責任を負うことになりますから、賃貸借契約書に、「万一の事故が起こったとしても、賃貸人に対しては一切損害賠償を請求しない。」との特約を設け、この特約が有効であると判断されれば、賃貸人のリスクは著しく軽減することが可能になります。
この特約は、(a)法人間の賃貸借契約、(b)賃借人が法人や団体である場合、(c)賃借人が個人であっても事業を行うために当該賃貸借を締結している場合には有効とされますが、賃借人が個人で、なおかつ、事業のために賃貸借契約を締結したものではない場合には無効とされています。この場合の賃借人は「消費者」と判断されて消費者契約法が適用されるからです。消費者契約法では事業者の損害賠償責任を全部免除する特約は無効とすると定めています(消費者契約法8条)。
3.消費者契約法(平成13年4月1日施行)の仕組み
消費者契約法は、「事業者と消費者との間の契約で、労働契約以外の契約」(これを『消費者契約』といいます。)に適用されます。アパートの賃貸人はたとえ個人であっても「賃貸業」という事業を営んでいますから消費者契約法上の「事業者」とみなされます。入居者となる個人は、上記のように事業のために契約するのでない限りは消費者とされます。したがって、賃借人が個人である賃貸アパートは結果的に全て消費者契約法が適用されることに注意して下さい。
この場合には、事業者側の損害賠償責任を全部免除する特約は無効とされます。同様に、事業者の瑕疵担保責任を全部免除する特約も無効とされています。
4.改正消費者契約法の成立
平成18年6月7日に消費者契約法の改正法が公布され、平成19年6月7日から施行されます。改正法では、(a)消費者契約に関連した被害は同種被害が多数発生していること、(b)消費者被害の発生・拡大を防止するには事業者の不当行為自体を抑制する方策が必要との考え方から、適格消費者団体を指定し、その適格消費者団体は事業者の消費者契約法違反の行為に対して差止請求ができるものと改正されましたので、消費者契約には十分な配慮が必要です。