賃貸相談
月刊不動産2012年4月号掲載
賃料減額請求後の手続
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
借家人から賃料を20%減額してほしいとの請求を受けました。多少の減額には応じるつもりですが、20%は難しいと感じています。減額請求の後はどのような手続で決着することになるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1 賃貸借契約と賃料(借賃)増減請求権
賃貸人と賃借人が建物賃貸借契約を締結する際には、通常は、賃貸借期間と賃料額は少なくとも合意する場合がほとんどです。賃貸借契約において、賃貸借期間と賃料額とを合意すれば、契約は守らなければならないのが原則ですから、いったん合意した賃料額は、契約当事者が勝手に変更できるわけではありません。契約で合意した賃貸借期間は合意した賃料を支払うのが本来的な姿のはずです。
しかし、建物賃貸借契約は長期的に継続する契約関係ですから、賃貸借契約締結時に合意した賃料額は、その後の経済事情の変化により不相当になることがあり得ます。このため、借地借家法32条1項本文は、過去に合意した賃料額が、「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃額の増減を請求することができる。」と定めています。
したがって、賃貸借契約の当事者は借地借家法32条に定める条件を満たす場合に限って、賃料の増減請求権を有することになります。
2 賃料(借賃)増減請求権の行使の効果
借地借家法では、上記の借地借家法32条の要件を満たせば、賃料額の増減を請求できると定められていますが、実際に賃料の増減が請求された場合には、どのような法律関係が生じるのでしょうか。
賃料(借賃)増減請求権を行使した法律上の効果がどのようなものであるかついては、旧借家法の時代から最高裁判例において明らかにされています。すなわち「旧借家法7条に基づく家賃増減の請求は、形成的効力を有し、請求者の一方的意思表示が相手方に到達した時に同条所定の理由が存するときは、家賃は以後相当額に増減されたことになる。」(最高裁昭和36年2月24日判決) と解されています。
(1) 賃料増減請求権の「形成的効力」
上記の最高裁判例は、賃料増減請求は、「形成的効力」を有するとしています。形成的効力とは、法律関係を形成する効力があるという意味です。つまり、建物賃貸借契約の当事者の一方が、相手方に対し、賃料(借賃)増減請求権を行使すると、その一方的な意思表示だけで賃貸借契約の内容である賃料額を形成する法的効力があるということです。したがって、適法な賃料増減請求の意思表示がなされると、それだけで当然に賃料の増減の効果が発生するということになります。
ただし、判例は、「同条所定の理由が存するとき」という条件を付していますから、賃料の増減請求があった場合のすべてに形成的効力があるわけではなく、借地借家法の定める賃料(借賃)増減請求権の発生要件(経済事情の変動等)を満たした増減請求のみが形成的効力があるものとしています。
(2) 賃料増減請求の効果としての「相当額に増減」
上記最高裁判決は、法律上の要件を満たした賃料増減請求の効果として、「相当額」に増減する形成的効果があるとしています。つまり、賃料増減請求は一方的な意思表示だけで新たな賃料を形成する効果はありますが、それは増減請求をした者が主張した賃料額に増減されるというわけではなく、客観的に相当な賃料額に増減されるだけであるという意味です。
したがって、賃料増減請求がなされた場合、検討すべきことは、主に、①借地借家法に定める賃料増減請求権の発生要件を満たした請求であるか、②客観的に相当の賃料額とはいくらか、という2点であるということになります。
3 賃料増減請求がなされた後の手続
(1) 当事者間の協議
賃料増減請求がなされた後は、法律上の要件を満たしているか、客観的に相当な賃料額はいくらか、という点については、まず当事者間の協議で決定することになります。新賃料額につき協議が成立すれば、賃料増減の手続は完了です。
(2) 調停手続き
当事者間で協議が調わないときは、裁判所の調停手続で新賃料額の合意を目指すことになります。賃料増減請求については、「調停前置主義」が採用されており、いきなり賃料増減を求める訴訟の提起は原則としてできません。
(3) 賃料増減請求訴訟の提起
調停が不調となった場合には、当事者は賃料増減を求める訴訟を提起することができます。これにより、すべての賃料増減に関する紛争は解決することになります。