賃貸相談
月刊不動産2006年11月号掲載
賃借人の店舗の拡張要求に対する対応
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
店舗兼住宅として理髪店に建物を賃貸していますが、最近、借家人から住宅部分を店舗に改装したいと求められていますが拒否できるでしょうか。また、実行された場合は契約の解除はできるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.賃借建物の変更と賃借人の用法遵守義務等
賃借人は、賃貸借期間内であれば、賃借した建物をどのように使用しても自由だというわけではありません。他人の所有する建物を使用するのですから、契約で定めた用法に従って建物を使用する義務があります。この賃借人の義務を「用法遵守義務」といいます。
店舗及び住宅として建物を賃借した場合に、住宅部分を店舗として使用するということは当該部分については用法を変更することになり、建物の用法違反となる可能性があります。このことは住宅部分を店舗として使用することが賃貸人にとってどれほどの不利益を及ぼすものであるかが判断のポイントとなります。
同時に、住宅部分を店舗として使用するということは、単なる用法変更というにとどまらず、他人の所有する建物を改造することになりますので、その内容が賃貸人に不利益なものであって、なおかつ容易に復元できないような場合には「建物の毀損」と評価され、賃借人の義務違反が認められることになります。
したがって、店舗拡張のような賃借人の要求は、それが建物内の模様替えで済ませられる範囲のものであるのか、それとも建物の改築という段階にまで及ぶのかによって分けて考えることが必要です。
2.建物の模様替えにより店舗として使用する場合
(1)信頼関係の破壊が認められない場合
一般的に、建物の用法を変更する場合でも、それが賃貸人にとって格別の不利益をもたらさない場合には契約当事者間の信頼関係を破壊するものではないと解され、この場合には賃貸人は賃貸借契約の解除は認められないものとされています。
例えば、過去の判例では、それまで住居として使用していた和室の6畳間に、店舗用に使用される厚手のビニールを敷いて美容院用に模様替えをしたケースでは、賃貸人に無断で行った場合でも信頼関係を破壊するものではないと判示されています。
ただし、建物の賃貸人兼敷地の所有者が、建物を住宅として使用することにより固定資産税の軽減措置を受けており、住宅としての使用を賃借人に強く義務づけている等の事情がある場合には、信頼関係の破壊が認められ、解除が認められることはあり得ます。
(2)信頼関係の破壊が認められる場合
他方で、模様替えと称していても、建物の保存上の危険性が増すような改装を行う場合には、当事者間の信頼関係が破壊され、賃貸人は賃貸借契約を解除できるものと解されています。
したがって、賃貸人としては、模様替えの要求を受けた場合、まず用法の変更内容とともに、用法の変更に伴い、建物をどのように変更する予定であるのかを明確に確認することが必要です。
3.建物の改築が伴う場合
(1)信頼関係の破壊が認められない場合
判例では、建物の改築を伴う場合でも建物の損傷が軽微であって、容易に原状回復が可能であり、かつ改築内容が賃貸人にとって不利益とはいえず建物の使用上の利便性が増しているような場合には信頼関係の破壊は認められないとするものがありますので注意が必要です。
例えば、浸水防止のために床をコンクリートにし、庇を修繕したりした場合などです。
(2)信頼関係の破壊が認められる場合
改築の結果、建物が損傷を受け、容易に原状回復を行うことが困難な場合には信頼関係の破壊が認められ、賃貸人は賃貸借契約を解除することができます。
信頼関係の破壊が認められる要素として、保存行為の範囲を超える改築が行われることとともに、賃貸人が賃借人による改築に反対して何度も制止しているにもかかわらず賃借人が改築を強行したような場合にも背信性が認められることになります。
したがって、賃貸人としては、賃借人の要望を受け入れられないと判断したときは、賃借人に対して反対の意向を伝えるとともに、きちんと改築工事の制止行動を取っておくことが重要となります。