賃貸相談

月刊不動産2004年1月号掲載

賃借人が注文した内装工事代金

弁護士 田中 紘三(田中紘三法律事務所)


Q

賃借人が内装工事代を不払いにして夜逃げしました。賃貸人は、その工事代金の支払責任を負うのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.内装工事に関する請負契約が賃借人と内装業者との間で締結されたものであれば、賃貸人はその契約とは無関係ですので、内装業者からの支払請求を無視してもかまいません。これが原則です。

    2.しかし、内装業者は賃借人から工事代金の支払を受けることができなくなる一方で、建物所有者となり、不当に利益を得ることになることもあるので、その理由により建物所有者としてその代金を支払う義務を負うものとされることがあります。このような義務を負うかどうかの分かれ目は、賃借人が賃借人の無資力になり、かつ所在不明になったかにあります。

    3.具体的には、裁判例によると、内装業者が建物所有者に対し、工事代金の不当利得返還請求をした場合に、①賃借人が無資力になり請負代金債権の回収が不能となったこと、②所有者が修繕工事による利益を賃借人との関係で「法律上の原因なくして利益を受けた」こと(所有者の利得の無償性)の2要件を満たしたときには、内装業者の賃貸人に対する不当利得返還請求を認められるということになっています。これは、六法全書の中に見あたる用語ではありませんが、専門的には転用物訴権といわれる論理です。

    4.それでは、上記②の「法律上の原因なくして利益を受けた」とはどのような場合なのでしょうか。上記の裁判例の中では、賃貸借契約を全体としてみて、賃貸人が対価関係なしに利益を受けたとき、とされています。逆にいうと、所有者が賃貸借契約の際に何らかの形で内装工事の完成という利益に相応する負担をしたときは、賃貸人の受けた利益は法律上の原因に基づくものとなり、このような場合には、工事業者は賃貸人に対する不当利益返還請求はできません。
     例えば、営業用建物の賃貸借契約の際に、修繕、造作の新設等の工事はすべて賃借人の負担とするとの特約をする代償として、賃貸人が営業用建物として賃貸するにあたり、賃借人から受け取ることのできた権利金を免除したなどという事情がこのような場合にあたります。また、内装工事が所有者の意思に反することが明白な場合(賃貸人の異議を無視して工事がなされた場合)や、賃借人の退去と同時に原状回復のため工事部分が撤去された場合等も、建物所有者には利益はないものと解釈できるので、工事代金の支払請求を無視してもかまわないことになります。

    5.以上のことを踏まえての結論は、次のようにまとめることができます。

    ①賃借人が内装代金を不払いにしているとしても、賃借人が賃借使用を継続している限り、建物所有者にその支払責任はありません。

    ②建物所有者が行方不明になった賃借人からその賃室の返却を受け、賃借人が施工させた内装を引き続き利用してただ乗り的に利益を受けているときには、その内装の残存価値の範囲内で内装業者に対して支払義務を負います。なお、転貸人のように、建物所有者でなく賃貸人にすぎない者は、その内装の所有権を取得しないで、そのような未払分の支払義務を負うことはないものと考えられます。

    ③建物所有者が以上のような支払義務を免れるためには、行方不明になっている賃借人に対し内装を撤去して原状回復を命じる判決を求める必要があります。また、賃貸借契約の条項のなかに権利金免除にからませた内装工事許容の合意条項を設けておくことも万が一の場合の予防策になり得ます。

    ④建物所有者が内装を引き続き使用する場合に、以上のように工事代金を支払う義務を負うといっても、その支払義務は、原則として、中古物としての内装の現存価格が上限であって、工事施工当時の契約金額を基にして計算するものではありません。

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