労務相談

月刊不動産2023年8月号掲載

私生活上の非違行為に対する懲戒処分

野田 好伸(特定社会保険労務士)(社会保険労務士法人 大野事務所代表社員)


Q

 現在、懲戒規程の見直しを行っています。痴漢、飲酒運転、薬物使用などの私生活上の非違行為を理由とした懲戒規定を盛り込むべきか悩んでいますが、法的に問題ないものでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 回答

     私生活上の非違行為は原則として懲戒処分の対象になりませんが、私生活上における非違行為・犯罪行為が重大事犯であれば、例外的に懲戒処分が可能です。なお、懲戒処分を行うには、あらかじめその根拠を就業規則等で規定し周知しておく必要があります。

  • 懲戒処分とは

     懲戒処分とは、企業活動にとって極めて重要な職場規律・企業秩序を維持するために、服務・秩序違反に対する制裁として行われる不利益措置をいい、業務命令や服務規律に違反するなどして企業秩序を乱した労働者に対し、会社が秩序罰を課すものです。懲戒権の行使は、企業秩序に違反した労働者に対し、使用者によって一方的に行うものであって、その行使にあたり労働者の同意を要しないとされていますが、企業における刑罰ともいえるものです。その実行にあたっては留意すべき点も多く、労働契約法第15条では、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と規定しており、懲戒権の濫用を認めておりません。

  • 私生活上の非違行為と懲戒処分

     企業における秩序罰として懲戒処分を行うことができますが、労働者の私生活上(業務時間外や職場外)の非違行為や犯罪行為を理由に懲戒処分してもよいのか問題になります。
     労働者の私生活上の行動は、通常であれば職場規律や企業秩序に影響をおよぼすものではありませんので、私生活上の非違行為は原則として企業の懲戒処分の対象になりません。ただし、雇用契約に付随する義務として、労働者はみだりに企業秩序を毀損してはならないという誠実勤務義務を負っており、これには私生活上においても、企業の社会的評価を毀損する行為や企業活動に支障を生じさせる行為をしないという義務が含まれます。
     よって、私生活上における犯罪行為等が重大事犯であって、マスメディアなどで企業名が報道され、会社の名誉・信用を失墜するような場合には、懲戒処分の対象となり得ます。

  • 具体例

    ■わいせつ行為・痴漢
     強制わいせつ・強制性交事案はその重大性から重い処分にも相当性があり、懲戒解雇も可能といえますが、痴漢行為などによる迷惑防止条例違反であれば、出勤停止や減給といった処分が妥当です。ただし、その場合でも、繰り返し行っているようであれば懲戒解雇もあり得ます。

    ■万引き・窃盗
     スーパー等での万引きや自転車の窃盗など、軽微な事案での懲戒処分は困難ですが、住居侵入による窃盗の場合や繰り返し逮捕されているような場合、強盗などの重大事案であれば、懲戒解雇もあり得ます。

    ■薬物使用・販売
     覚せい剤や大麻の使用・販売は重大な犯罪であり、非違行為の性質は極めて悪質です。特に販売している場合には、反社会的勢力に関与している可能性が高いといえます。薬物事犯については、企業秩序に及ぼす影響も相当程度大きいことから、犯罪行為が事実であるとすれば企業名等が報道されていないとしても懲戒処分を行うことは妥当であり、犯罪行為の重大性に鑑みれば懲戒解雇処分とすることも可能です。

    ■暴行・傷害者
     酒に酔ってのけんかなどにより相手方に軽いけがを負わせたような場合での懲戒処分は、基本的には困難であると考えます。酒席で上司に暴行を加え負傷させたことを理由にした懲戒解雇を無効とする裁判例(アサノ運輸事件)がありますので、処分するとしても軽処分が妥当です。

    ■交通事故
     交通事故を起こした者に対する処分は、タクシー・バス・トラックなど運転業務を本業とする者とそれ以外の者とで処分の程度は大きく異なるものといえます。運転を本業とする者が飲酒運転や重大・悪質な交通ルール違反により事故を起こした場合には、懲戒解雇を含めた重い処分を課すことが考えられますが、それ以外の者が交通事故を起こした場合には、繰り返し事故を起こしているような常習犯を除き、軽処分が妥当です。飲酒運転に対し、企業として厳しい態度で臨むことは合理的であり一定の理解はできますが、そうであったとしても飲酒状況(飲酒量、時間の経過)、結果の重大性、報道の有無などを総合的に判断して量定を決定すべきです。

    ■兼業・副業
     時間外や休日に兼業・副業を行うことは労働者の自由であり権利であるとされていますので、兼業等だけを理由に処分することは懲戒権の濫用となります。処分可能な例としては、業務に支障を来すような過重労働を行っている場合、風俗店で勤務するなど職場風紀や企業秩序を乱した場合、競合他社・同業者での勤務・役員就任が発覚した場合などであれば懲戒解雇を含めた厳しい処分も可能でしょうが、競業については、競業行為により企業に与えた不利益の内容・程度、本人の地位などを考慮する必要があります。

    ■SNS炎上
     昨今は過激なコメントや非常識な投稿に対する厳しい批判も多く、個人のSNSが炎上することもありますが、それだけを理由に処分を下すことは避けるべきです。投稿内容が企業情報・社内情報であったり、企業や他の社員を誹謗中傷する内容であったりすれば処分を行うことも可能ですが、そのためにはSNS利用に対する企業としての教育指導や注意喚起、禁止規定等の整備・周知が重要です。

  • 本問への回答

     懲戒処分を行うには、その事由と手段をあらかじめ就業規則に明記し、雇用契約内容の一つとする必要があり、当該就業規則が効力を有するためには、適用を受ける労働者に周知しておく必要があります。また、懲戒は労働者に不利益な処分であることから、その対象となる行為より前に懲戒に関する規定が定められていることが必須であり、事後的に該当事由を定め遡及して処分を行うことはできません。そのため、私生活上の非違行為に対し懲戒処分を行うのであれば規定する必要があります。

page top
閉じる