賃貸相談

月刊不動産2005年3月号掲載

無断修繕費用等の家主への請求の可否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

借家人から、雨漏りがしたので屋根を修繕してトタン葺きから瓦葺きに替えたのでその費用を支払ってほしいと言われています。家主に無断で行った費用まで、家主側で負担しなければならないのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.借家人の費用償還請求権

     借家人が、賃貸建物に費用をかけて修繕工事や改良工事を行った場合、家主はそのうちのどの費用について負担しなければならないかは、民法608条の「費用償還請求権」という条文が規定しています。

    (1)必要費償還請求権

     民法では、賃借人が、賃借物につき賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対して直ちにその償還を請求できると定めています。
     それでは「賃貸人の負担に属する必要費」とは何を指すのかですが、賃貸人は賃借物の「使用及び収益に必要なる修繕をなすべき義務」を負うと定めています。つまり、修繕しないと契約で定めた目的に従った使用・収益ができないというような場合には、その修繕費用は賃貸人の負担に属するということになります。ちなみに、修繕義務を負うべき破損等は、賃貸人の責に帰することのできないものであってもよいと解釈されています。賃料を収受して建物を貸している以上は、契約目的に従って使用・収益できるように修繕するのは賃貸人の義務だという考え方です。
     判例では、屋根の葺き替え費用や畳の修繕費等は必要費に該当するとされています。しかし、必要費は修繕しないと契約で定めた目的に従って使用・収益ができないという範囲で認められるものですから、トタン葺きの屋根をトタン葺きの屋根として修繕したものは必要費に該当しますが、トタン葺きから瓦葺きに変更するということは、その限りにおいて必要費の範囲を超えるものと考えられます。それでは、必要費の範囲を超えれば、その部分については賃貸人に費用負担の義務はないかといえば、トタン葺きから瓦葺きにした費用の増加分が有益費に該当しないかを考えておく必要が出てきます。

    (2)有益費償還請求権

     民法は、賃借人が有益費を支出したときは、賃貸人は賃貸借終了のときに、賃借人による有益費の支出によって価値の増加が現に存在している場合に限って、賃借人が支出した金額か、あるいは増加している金額のいずれかの金額を賃貸人の選択によって支払うことを要すると定めています。

    2.借家人による無断修繕と費用の償還義務

     本件では、賃貸品は、借家人に対して、屋根の修繕工事を依頼したわけでもなく、借家人からも家主に対して事前に修繕工事を実施する旨の通知もなかったようです。このように借家人が建物所有者である賃貸人に無断で修繕工事を行った場合であっても、費用の償還義務があるのでしょうか。

    (1)賃借人の通知義務と必要費償還請求権

     民法615条は、賃借物が修繕を要するときは、賃借人は遅滞なくこれを賃貸人に通知することを要すと定めています。つまり、建物が修繕を要する状態になったときには、賃借人には家主に対する通知義務があるのです。問題は、賃借人が通知義務を履行せず、賃借人に何の連絡もなく修繕を行った場合には必要費償還請求権が認められなくなるのかということです。
     この点については、賃借人の通知義務が定められている趣旨は、建物が修繕を要する状態になれば賃借人は賃貸人に対して修繕を要求するのが普通ですが、ときには賃借人が面倒がって通知を怠った結果、建物が荒廃したり、過度に損傷するなどして賃貸人に損失が発生することを防止することにあるとされています。
     このため、借家人が通知を怠ったとしても、自ら修繕するなどして建物に損失が発生しなかった場合には通知義務違反を問う余地がなく、賃貸人は必要費償還義務を負うものと解されています。

    (2)賃借人の通知義務と有益費償還請求権

     また、有益費償還請求権は、賃借人の支出した費用によって建物の価値が現存し、賃貸人が不当に利得することの精算を行うというものですから、客観的に価値が現存しているか否かが決め手であって、やはり、借家人が賃貸人に通知したかどうか問わないとされています。

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