賃貸相談
月刊不動産2015年4月号掲載
未払家賃の過大催告の効力
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
家賃を滞納しているテナントに未払家賃を催告し、催告期間内に入金がなければ解除する旨通知したのですが、計算を間違え、30万円と記載すべきなのに45万円と通知しました。催告は無効なのでしょうか?
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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誤って過大な催告をしても、催告は有効です。ただし、催告が有効となるのは本来の未払家賃額の30万円の範囲です。
【家賃滞納を理由とする賃貸借契約の解除手続】
賃貸借契約において、借家人が約定の家賃を支払わない場合は、賃料支払債務の不履行となりますから、賃貸人は、借家人の家賃不払いを理由に契約を解除することができます。
契約を、債務の不履行を理由に解除する法的手続については、民法第541条が次のように定めています。
「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。」
従って、家賃滞納を理由として賃貸借契約を解除するには、
① 借家人に債務の不履行(家賃の滞納)があること
② 賃貸人が、借家人に対し、相当の期間を定めて履行を催告すること
③ 借家人が催告期間内に履行しないこと
④ 契約解除の意思表示がなされること
の4つの要件を満たす必要があります。
【相当期間を定めた催告が要求される趣旨】
民法が、契約を解除するには相当期間を定めた催告をする必要があると定めた趣旨は、債権者はいきなり契約を解除するのではなく、解除の前に、債務の履行をするチャンスを相手方に与えるという点にあります。それにもかかわらず、相手方が債務を履行しない場合には、もはや契約を解除されてもやむを得ないとの考え方に基づくものです。
このような考え方に基づき催告が必要とされていることからすると、本来の未払家賃は30万円に過ぎないのに、45万円を支払えと催告し、相当期間内に支払いがなければ解約を解除するとの通知がなされた場合、本来、支払義務のない金額まで請求していることになりますから、そもそも催告として有効なものであるのか、ということが問題となります。
【過大催告の効力】
これについては、最高裁判所は、誤って過大な催告がなされた場合であっても、債務の同一性が認められる限りは、その過大な催告は、本来の債務額の範囲で有効な催告と解されるとの判断を示しています(最判昭和43年11月21日)。要するに、当事者間において、当該催告がなされた債務が建物賃貸借契約の未払家賃債務についてのものであり、債務として同一性が認められるのであれば、45万円の催告は、本来の債務額である30万円の範囲で有効な催告と解釈できるというものです。
ただし、注意すべき点があります。最高裁判所は、一方で、過大な催告がなされた場合、債権者が催告額以下の金額ではこれを受領しないことが明確である場合には当該催告は無効であるとの判断基準も示し、賃貸人が適正賃料額である月額3,989円を1,011円しか超えない賃料月額5,000円の割合による賃料債務の支払いを催告した場合であっても、賃貸人が右催告金額以下の金員ではこれを受領しないことが明確であるときには、右催告は、その効力を生じない、と判断しています(最判昭和39年6月26日)。
逆に、最高裁判所は、賃料延滞額を23万円としてなされた催告は、延滞額が10万円に過ぎない場合であっても、催告金額全部の提供がなければ受領を拒絶すべき意思が明確でないときは、右延滞額の限度で有効となるとの判断を示しています(最判昭和32年3月28日)。
これらの最高裁の判例を見ると、前者は本来の債務額3,989円のうち、その4分の1ほど過大に催告したという場合でも、賃貸人が右催告金額以下の金員ではこれを受領しないことが明確であるときには右催告はその効力を生じないと判断したのに対し、後者は本来の債務額10万円の2.3倍も過大に催告した場合でも、催告金額全部の提供がなければ受領を拒絶すべき意思が明確でないときは、当該過大催告は、本来の延滞額の限度で有効となるとの判断を示しており、過大催告の有効性は、必ずしも過大な金額の多寡で決まるものではないことが分かります。
むしろ、過大な金額が催告され、それ以下では受領しないとの意思が明確であれば、借家人としては催告には応じないことが考えられますから、過大催告の場合には、催告金額以下では受領を拒絶すると意思が明確か否かという点に着目して、その有効性が判断されていることに留意する必要があります。【ポイント】
● 家賃滞納(債務不履行)を理由に賃貸借契約を解除するには、①借家人が家賃を滞納していること、②賃貸人が借家人に対して相当の期間を定めて履行を催促すること、③借家人が催告期間内に履行しないこと、④契約解除の意思を示すこと、の4つが必要です。
● 滞納する借家人(債務者)に、賃貸人(債権者)が誤って未払家賃より過大な金額(支払義務のない金額)を催告しても、債務額(未払家賃)の範囲において、この催告は有効とされます。
● ただし、借家人(債務者)に対して、賃貸人(債権者)が支払義務のない過大な金額を催告して、この催告した金額以下では受け取らないとする場合、この催告自体が無効になります。
● 判例によると、過大催告の有効性は、賃貸人(債権者)が過大な金額以下での受領を拒絶するかしないかという意思に着目して判断されています。