賃貸相談
月刊不動産2013年8月号掲載
期限付合意解約の法的効力
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
借家人に家屋建替えの必要性を訴えて明渡しを求めたところ、借家人が、あと2年だけ貸してほしい、2年後には明け渡すというので、その旨の合意書を作成しました。この合意書は有効と考えてよいでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 期限付合意解約特約
建物賃貸借契約を締結する際に、あるいは、建物賃貸借契約の更新時等に、賃貸人と賃借人との間で、一定の期限を設けその期限の到来した時に賃貸借契約を合意解約することを合意することがあります。ご質問のケースのように、「2年経過した日に賃貸借契約を合意解約する」という合意をするような場合がこれに当たります。
このような合意は、賃貸借契約の合意解約を現時点で行うのではなく、将来到来する期限において合意解約を行うもので、合意解約を期限付で行うものであるため、「期限付合意解約」と呼ばれています。
2. 期限付合意解約の問題点
賃貸借契約の合意解約は、当事者が本当に任意の意思で、かつ、真摯に行うものであれば有効と解されています。そこで、現時点で行う合意解約が有効なのであれば、将来の一定の期限において合意解約を行う旨の特約も有効と考えてよいのかということが問題になるところです。
しかし、期限付合意解約は、現時点における合意解約が有効であるとしても、当然には有効と解されるわけではないとされています。なぜなら、期限付合意解約の特約は、所定の期限が到来すれば、合意解約することにより賃貸借契約を終了させ、賃借人に建物明渡義務を発生させることになります。
借地借家法は、賃貸人は正当事由を具備していなければ賃貸借契約の更新拒絶または解約をすることができない旨を定めており、これに反する特約は無効としています。建物賃貸借の当事者の間で期限付合意解約を合意することは、借地借家法で認められた借家人の権利を借家人にあらかじめ放棄させることを内容とする特約ですから、借地借家法の強行規定との関係で、その有効性が問題となるわけです。
現時点で建物賃貸借契約を合意解約する場合には、その時点での賃貸人と賃借人の状況を勘案し、賃貸借を解約する際の条件についても協議の上、任意かつ真摯な合意により解約する限りは問題はないのですが、将来の一定の時点において解約することをあらかじめ合意することは、その時点での当事者間の具体的な事情を斟酌することなく契約を終了させようとする点が問題となるわけです。
3. 期限付合意解約の有効性
(1)賃貸借契約締結と同時にした期限付合意解約
この場合には、賃貸借契約締結時点において、将来の事情が何も分からない状態で、すなわち借地借家法で定めた正当事由の有無を判断する余地のない状態で、借地借家法の正当事由制度、法定更新制度の適用を排除しようとすることになります。また、賃貸借契約締結時ということは、賃借人予定者はいまだ借家権を取得していない状態で、この特約に応じなければ賃貸借契約を締結してもらえないという状態で特約を結ぶことになります。
したがって、この特約は合理的な事情が存しない状態で、賃借人(予定者)に借地借家法で保護された権利をあらかじめ放棄させるに等しい合意となりますから、借地借家法の強行規定に違反する無効な特約と解されることになります。
(2)更新時等においてした期限付合意解約
建物賃貸借契約更新の際になされた期限付合意解約については、賃借人は、すでに借地借家法による保護を受けていますので、賃貸人からの期限付合意解約の申出を断ることも自由にできるのですから、かかる特約の有効性については、相当の理由があるときは有効と解するというのが裁判例の傾向です。
例えば、建物賃貸借契約を更新する際になされた期限付合意解約について賃貸人に正当事由に準ずる事情が存在したことなどから相当の事由があると判断したものがあります ( 東京高判昭和55年8月28日判例時報992号87 頁) 。また、借地契約の事例ではありますが、合意に際し賃借人が真実賃貸借契約を解約する意思を有していたと認められる合理的・客観的理由があること、その他にこの合意を不当とする事情の認められないことが期限付合意解約の有効要件としたもの等があります。
ご質問のケースは、借家人の側が「あと2年貸してほしい」と言ったとのことですが、賃貸人からの明渡し要請に対して、賃借人がせめて「あと2年」と言ったものとも考えられますので、賃借人の側が「あと2年」と言ったということのみで相当の事由があるとまでは判断できないと思われます。賃貸人側の明渡しを求める事情や、賃借人が真実賃貸借契約を解約する意思を有していたと認められる合理的・客観的理由があるか否かにより決定されることになります。