賃貸相談

月刊不動産2004年3月号掲載

敷金ゼロの賃貸借

弁護士 田中 紘三(田中紘三法律事務所)


Q

最近では敷金ゼロという賃貸アパート物件がでまわっているようですが、問題はないのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.東京では、以前は、敷金2ヶ月分、礼金2ヶ月分とすることが、ごく普通でした。しかし、現在では、敷金や礼金ゼロの賃貸物件も珍しくなくなってきました。賃借人の募集に苦労する時代になったのかもしれません。

    2.敷金をゼロにすれば、賃借人を募集しやすくなります。ただし、その分だけ、賃料不払いの危険も高まるおそれがあります。敷金がゼロだと、賃借人に賃料支払いの経済的余裕がなくなっても、裁判で強制的に明渡しを求められる間は居座りを決め込む心情になる人が少なくないからです。

    3.賃貸人としては、このようなリスクを減らさなければなりません。この点、まず、簡単にできる対策があります。それは、賃貸借契約書に、賃貸借契約終了後に賃借人に対し、賃料倍額の賃料相当損害金を支払う旨の約定をいれておくことです。これは、いわゆる「倍額条項」といわれるものです。もちろん、賃借人によっては、そのような条項があることが心理的圧迫となって、賃料の不払いが発生し、賃貸人から催告・解除の通知がきた時点で、未払賃料の支払いはできなくても、とりあえず、債務額をこれ以上増やさないために明渡しだけはしておこうと考える者もいるのです。もし、賃借人がこのような考えの持ち主であれば、賃貸人は、明渡しの裁判をする必要がなくなり、明渡しの強制執行による経費負担を続けることができ、そして、次の賃借人を決定することもできて損失を防ぐことができ、賃借人に対して、未払賃料を任意又は訴訟によって求めるだけで足りることになるので、金銭的・精神的な負担はかなり軽くなるはずです。

    4.しかし、上記のとおり賃借人の中には、そのような条項があっても、賃料の支払いをしないままに任意に明渡しをしない者が少なくないことは事実です。敷金がゼロの場合、賃料不払いの発生と同時に、賃貸人の損害がただちに発生し、拡大してしまいます。そこで、確かに賃貸借契約における賃借人の負担を少なくして、賃借人の確保をはかるという観点も非常に重要なことではありますが、賃借人確保という目先の利益のために、敷金の重要性を忘れることが無いようにして欲しいと思います。賃貸借契約の解除に関しては、判例上、信頼関係破壊の理論が確立していますので、1回だけ賃料不払いがあったからといって、ただちに法的手段をとることはできず、最低でも2回の不払いがないと、賃借人に対して、催告・解除の通知をすることはできないこととされています。そこで、敷金は、最低でも賃料の2ヶ月分以上は受領しておくべきです。

    5.なお、賃料の支払が途絶えたため賃貸借契約を解除しても任意に明け渡さない賃借人に対しては、仲介をした業者が明渡し交渉を引き受けることが多いようです。賃借人を見つけてきた業者に交渉を頼み、業者がそれを引き受ける気持ちはよく理解できます。また、明渡しの裁判を提起するには費用がかかりますし、その後、強制執行を避けたいと考えるのは当然のことです。しかし、このような選択が結果として経済的には得策とはいえないことが多いようです。たとえ業者が無償で交渉を引き受けたとしても、賃料を取り損ない、あるいは、時間を稼がれたあげくに居座られ、最初から明渡しの裁判をしておくべきであったと悔やまれることも、よくある話です。そこで、賃料不払いがあった場合には、速やかに法的措置をとるべきですが、その費用を軽減するためにも、相当額の敷金を必ず預かり、また、不払いの場合の契約解除は速やかに行うというのが賃貸人と賃借人の双方にとってのけじめのある関係のもちかただと思います。

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