法律相談

月刊不動産2005年6月号掲載

手付条項の解釈

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

建業者である売主から自宅用不動産を購入し、平成17年6月1日に売買契約を締結しましたが、契約書には「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、平成17年6月26日までは手付解除できる」と定められています。私が手付解除できるのはいつまででしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 売主の履行の着手と平成17年6月26日とのどちらか遅い時点まで手付放棄による解除をすることができます。売主履行着手後であっても平成17年6月26日までは、手付放棄による解除をすることができますし、平成17年6月26日を過ぎても売主が履行に着手していなければ手付放棄による解除が可能です。

     ご質問の条項に関しては、「履行の着手まで又は平成17年6月26日までのいずれか早い時期まで手付解除は可能」とする解釈(A解釈)と、「履行の着手まで又は平成17年6月26日までのいずれか遅い時期まで手付解除は可能」とする解釈(B解釈)の2種類の解釈をすることができます。いずれが妥当なのかは、民法及び宅建業法の両面から検討を加える必要があります。
     民法557条1項には「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる」と定められています。しかし民法557条1項は任意規定であり、当事者はその規定と異なる特約を定めることが可能です。例えば履行の着手の前後を問わず手付倍返しにより契約を解除できるとする特約も有効です(東京地裁昭和51年9月28日判決)。

     ところで本件において売主は宅建業者です。宅建業者自らが売主となる宅地建物の取引には宅建業法が適用されます(宅建業法2条)。宅建業法39条2項・3項によれば、民法557条1項の適用を排除する特約のうち、売主の履行の着手前に買主の手付解除を制限するという内容の特約は無効になります。

     この宅建業法の規定を前提にして履行の着手前に6月26日が到来する場合を考えてみると、前記2種類の解釈のうちA解釈については、売主からの手付解除を制限する特約としては有効ですが、買主からの手付解除を制限する特約としては無効となり、特約としての効力が制限される結果になります。このような解釈をとったのでは民法557条1項とは別にわざわざ『6月26日』を付加した意味は半減してしまいます。したがってB解釈が妥当であると考えられます。

     裁判例としても、5月上旬に本件と同様「相手方が契約の履行に着手するまで、又は、5月26日までは手付解除できる」とする特約を定めて売買契約の締結がなされ、買主が5月26日以前に手付放棄の意思を伝えたところ、売主が、売買契約締結日の2日後に既に履行に着手しているから買主の手付解除は認められないと主張した事案があります(名古屋高裁平成13年3月29日判決)。

     裁判所は、「手付解除条項の解釈に当たっては、解約手付に関する民法及び宅地建物取引業法の趣旨を前提に当事者の合理的意思解釈としてなるべく有効・可能なように解釈すべきであるところ、A解釈は、当事者が手付解除の可能な期間として『5月26日』を付加した意義を一部無にすることとなる一方、B解釈は、その意義を理由あらしめるとともに宅地建物取引業法39条3項の趣旨である消費者の保護に資するものである。
     また、一般に、履行の着手の意義について特別の知識を持たない通常人にとって、『履行の着手まで』『又は』『5月26日まで』手付解除ができるという本件条項を、履行の着手の前後にかかわらず『5月26日まで』は手付解除ができると理解することは至極当然であって、不動産取引に関する素人である買主が、本件条項をこのように理解して本件手付解除に及んだことも肯けるところである。

     以上の検討によると、本件条項の解釈については、「民法557条1項の場合に加えて履行の着手後も手付解除ができる特約としての意義を有するB解釈をもって相当とすべきである。」として、履行の着手と5月26日のうちの遅い時期まで手付解除が可能とするB解釈を採用しました。

     宅建業者は、文言からだけでは解釈が一義的に決まらない契約書の条項については、宅建業法の趣旨が勘案され、消費者に有利な解釈が採用される可能性があることに十分留意をしておく必要があります。

page top
閉じる