法律相談

月刊不動産2013年12月号掲載

手付の分割受領

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

宅建業者が売主となる売買契約において、買主からの要請があれば、手付金を2回に分けて受領してもよい、と聞きました。これは正しい考え方なのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 回答

     誤っています。手付契約成立の観点からみて、手付金を分割払いとすることは、手付契約が要物契約であるとする判例の考え方に適合しませんし、宅建業法の観点からみても、手付金を分割払いで受領することは、違法行為です。

    2. 手付金の性格
     さて、手付金とは、少なくとも契約が成立したことを証する趣旨で、契約締結の際に、当事者の一方から相手方に対して、交付される金銭をいいます。手付金には、その授受が売買契約の成立を表す意味(証約手付)のほか、違約手付(契約解除の際、買主違約の場合には手付金が違約金として没収され、売主の違約の場合には手付金を返還しなければならないとともに手付金と同額を支払う)や、解約手付(契約成立後であっても、一方当事者だけの意思によって契約を解約させることができる)の意味をもたせるのも、一般的です。

    3. 契約成立の観点からみた手付金の分割払い

     手付契約は、それ自体、売買契約と密接にかかわりをもつものではあるものの、独立した一つの契約です。契約成立の要件として実際の金銭授受を必要とする要物契約であるとされています。大阪高裁昭和58 年11 月30日判決は、買主が手付金の一部しか支払わなかっため、売主(宅建業者)が手付金の不払いを理由として売買契約を解除し、買主に手付残金額の支払いを請求したケースにおいて、『売主は、手付の予約でなくその成立があるとし、右手付金の支払いを分割したにすぎないというけれども、手付の要物契約性を無視するものであって採用することができない』として、売主の請求が否定されました。

     この判例の理論によれば、手付金を分割払いとする合意には、効力が認められないことになります。

    4. 宅建業法の観点からみた手付金の分割払い

     宅建業者は、勧誘の場面では、できるだけはやく取引を成立させたいと考えがちです。しかし、宅地建物の売買は、貴重な財産を対象としており、一般消費者にとっては、たびたび行うものではありません。宅建業者は、免許を受けてこのように重要な取引に関与することができる立場にあります。安易に取引の成立を急がせることがあってはなりません。金銭を用意せず単に下見のつもりで訪れた顧客に対し、購入意思が不確実であるにもかかわらず、手付金の支払延期を認めつつ契約を締結させることは、厳に慎まなければならない行為です。

     そこで、宅建業法は、宅建業者に対し、「手付について貸付その他信用の供与をすることにより契約の締結を誘引する行為」を、明示的に禁じました(同法47 条3号)。

     ここで「信用の供与」には、手付金を貸したり、立て替えたりする場合だけではなく、手付金を数度に分けて受領する場合も含まれます。手付金を分割払いとすることも、手付金に関して信用を供与するものとされ、禁止されます。国土交通省の公表している宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(ガイドライン)においても、宅建業法47 条3号について、「手付の分割受領も本号にいう“信用の供与”に該当する」と明言しています。

    5. 買主からの依頼による手付金の分割払

     ところで、売主から手付金の分割を提案することは宅建業法違反だけれども、買主からの申出によって手付金を分割して受領することは、契約締結を誘因する行為ではないから、宅建業法違反にならない、とする議論があります。
    しかし、「現実に手付金の授受がなくして手付の授受があったとすることは、特別の事情がない限り、契約締結の誘因の目的での信用供与行為にあたるものであろう」(宅地建物取引業法令研究会編著「5訂版宅地建物取引業法の解説」(住宅新報社)328 頁、あるいは、「法47 条3号が規定する禁止の対象行為は、宅建業者が手付貸与等信用供与により顧客を契約締結に誘因する行為であるから、
    信用供与をするに至る経緯が宅建業者からの申出か顧客の求めによるものかは、行政処分に際し斟酌すべき情状になるとしても、法47 条3号の違反行為に該当するかどうかの要件ではない」とされています(岡本正治・宇仁美咲著「改訂版[逐条解説]宅地建物取引業法(大成出版社)671 頁)」。買主からの依頼があったとしても、手付金を分割で受領すれば、違法行為を行ったものとして、行政処分の対象となってしまうわけです。

    6. まとめ

     宅建業者は、誤った情報に惑わされることなく、適正な業務を行わなければなりません。日常業務の中で少しでも疑問に思ったことがあれば、専門家に問い合わせることをお勧めいたします。

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