賃貸相談

月刊不動産2023年11月号掲載

建物の不具合と賃借人による賃料の不払い

弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)


Q

 当社は、共同住宅を所有し賃貸しておりましたが、ある入居者から、「ベランダに雨漏りがあり使用できない。風呂場の蛇口やシャワー口から水が漏れる」との苦情がありました。しかし調査したところ、ベランダの雨漏りは天井部分にすぎず、使用ができないわけではなく、蛇口等の漏水も風呂場のシャワー口から水が一部漏れるということにすぎないものでした。
 賃借人は、これらの不具合があるので修理が完了するまで賃料の支払いを拒絶すると言っています。
 このような場合、賃料の不払いとして、不払い分が一定額に達したら契約を解除することはできるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 回答

     一般に、建物の不具合等により、使用収益の一部が妨げられた場合には、使用収益が妨げられた割合に応じて賃料の減額が認められます。
     ただし、その場合に認められるのは、使用収益できない部分の割合による「賃料の一部減額」にとどまるのであって、賃料の全部の支払いを拒絶できるわけではありません。賃料の全額の支払いを拒絶できるのは、建物の全部の使用収益ができなかった場合です。以下で詳しく解説します。

  • 1.建物の不具合のクレームとともになされる賃料の減額請求

     建物賃貸借においては、賃貸人は、賃借人に対し、建物を使用収益させる義務を負い、賃借人は、建物の使用収益の対価として賃料を支払う義務を負います。その意味では、賃借人は、賃貸借期間中は、賃貸借契約で約定した賃料額を支払う義務があります。しかし、賃料は、賃貸目的物(賃貸建物)を使用収益した対価として交付すべきものですから、建物の使用収益の一部が妨げられた場合にまで賃料の全額の支払いを求めることには無理があります。民法は、「賃借物の一部が滅失その他の理由により使用および収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用および収益をすることができなくなった部分の割合に応じて減額される」と定めています(民法第611条1項)。
     しかし、認められているのは、あくまで、「使用および収益することができなくなった部分の割合」についてです。このような場合に、賃料の全額を支払わないことが認められるわけではありません。

  • 2.使用収益することができなくなった場合

     また、賃料の減額は、建物の一部の使用収益を妨げるほどのものと認められる程度のものである場合でなければ認められないとする裁判例が少なくありません。この点に関して、参考となる裁判例があります。
     事案は、建物の賃借人が次の①~④のクレームを入れ、賃料の支払いを拒絶したため、賃貸人が賃貸借契約を解除し、明渡しを求めたというものです(東京地判 令和2年1月31日)。

    ①2階の床音が騒がしい
    ②ベランダからの雨漏りが激しく、洗濯物を干せない
    ③風呂やトイレの換気扇が機能しない
    ④風呂場の蛇口やシャワー口から水が漏れる

     判決では、①の2階の床音については、これを認める的確な証拠はなく、②のベランダの雨漏りの箇所はベランダの天井部分にすぎず、使用収益が妨げられた程度はごく限定的なものというべきである。③の換気扇不具合は、管理会社が現地調査を行ったが、相当する事象は認められなかった。④蛇口等の漏水は風呂場のシャワー口から水が漏れるということにすぎず、本件建物の使用収益を妨げるほどのものとは認められないとして、賃借人が賃料の支払いを拒むことは、その全額について違法というべきである、と判示しました。
     そして、賃借人の賃料不払いを理由とする賃貸人の建物賃貸借契約の解除を有効とし、賃借人に対する建物の明渡しの請求を容認する判決をしています。

  • 3.まとめ

     設備の不具合等を理由に、借主が賃料の支払いを拒絶あるいは一部減額して支払うというケースも散見されますが、その不具合は、建物の使用収益を妨げるほどのものと認められる程度のものであることが必要です。
     よって、ご質問のケースでは、建物の使用収益が妨げられたとは認められず、賃料の減額は認めらないと判断される可能性が高いものと思われます。

今回のポイント

●建物の不具合等により、使用収益の一部が妨げられた場合、その割合に応じて賃料の減額が認められる場合がある。
●賃料の減額ではなく、賃料の支払いを拒絶できるのは、一時的に使用収益がまったくできない場合である。
●賃料の減額は、建物の一部の使用収益を妨げるほどのものと認められる程度のものでなければ認められない。

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