賃貸相談
月刊不動産2024年5月号掲載
媒介業者に賃貸人の資力信用調査の義務はあるか?
弁護士 江口 正夫(江口・海谷・池田法律事務所)
Q
当社は、抵当権が設定されている賃貸物件を媒介したのですが、その後、抵当権が実行され、競売により所有者の変更がありました。そのため、賃借人は本物件を明け渡すことになったのですが、賃借人に敷金返還がなされなかったため、賃借人は当社に対して、「当該物件には抵当権が複数設定されていたのであるから、媒介業者は賃貸人の倒産を予期できたはずであり、賃貸人の抵当権者に対する支払い状況や資力等に関する調査をして、契約時に説明すべきだったのにしなかった」として、敷金分の損害賠償を請求してきました。媒介業者には賃貸人の資力・信用の調査義務があるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
一般に、不動産の媒介業者は、「不動産賃貸借契約が支障なく履行され、契約当事者双方が契約の目的を達成できるようにするために必要な事項」として、賃貸目的物に関連する事項についての調査・説明義務を負いますが、賃貸人や賃借人の資力・信用などといった事項については、取引の当事者みずからが調査すべき事項であると考えられ、不動産媒介業者には調査・説明義務は課されていません。
なお、媒介業者は、抵当権が設定されている場合には、その事実と、抵当権が実行され競売が実施された場合には6カ月以内に明け渡しが必要となること、競売の買受人からは敷金の返還が得られないことを説明する必要があります。 -
不動産媒介業者の責務
不動産媒介業者と依頼者との媒介契約は、委任契約に準ずる準委任契約であると考えられています。委任契約においては、「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」(民法第644条)と定められています。不動産業者は、「委任の本旨」に従って委任事務を処理する義務を負うことになります。不動産媒介契約における「委任の本旨」とは、「不動産賃貸借契約が支障なく履行され、契約当事者双方が契約の目的を達成できる」ということを意味します。ゆえに媒介業者は、不動産に関する専門業者として、売主が物件の正当な権利者であるか否か、賃貸目的物に設定されている権利の種類・内容・登記の有無等、都市計画法や建築基準法等の法令による制限の有無および内容、私道負担や、電気・ガスや排水施設の整備状況、賃貸目的物の瑕疵の有無および内容等、種々の事項についての調査・説明義務を負っています。宅地建物取引業法が、宅地建物取引業者に対し、宅地建物取引を行うにあたり、宅地建物取引士をして一定の事項を説明させる義務を課しているのはこのためです。
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媒介業者が 義務を負わない事項
媒介業者の義務は、不動産の専門業者として不動産媒介業務を行うにあたって課せられる義務です。賃貸目的物に関連する事項についての調査・説明義務は不動産媒介業者に課せられていますが、賃貸人や賃借人の資力・信用などといった事項については、取引当事者みずからが調査すべき事項であると考えられ、格別に不動産媒介業者が説明すべき事項とはいえないことになります。
裁判例には、整理回収機構へ被担保債権の譲渡を原因として根抵当権※が移転された事案について、「整理回収機構に債権譲渡などなされたからといって貸主が倒産必至であるとか、早晩、経営が破綻して建物に設定された根抵当権等が実行されると推定するのは困難である。なお、賃貸人とその抵当権者等の間の債権債務の内容や履行の状況を探るには根抵当権者等からの聴取調査が必須と考えられるが、根抵当権者等は、根抵当権設定者等当事者からの同意がない限り、不動産媒介業者の調査に応じないことが予想されるから、賃貸人と担保権者らとの交渉状況について調査説明する義務を不動産媒介業者に認めることは困難と言わざるを得ない」と判示したものがあります(東京地判平成19年3月14日)。※ 不動産上に設定される担保権。根抵当権で設定された「極度額」と「債権の範囲内」であれば、借入れや返済を繰り返し行うことができる。
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抵当権に関する媒介業者の説明
宅建業者は、賃貸借物件に抵当権が設定されているときは、①抵当権が設定されていること、②万一、抵当権が実行され、競売で落札した買受人から明け渡しを求められたときには、6カ月の期間内に明け渡さなければならず、③賃貸人に預け入れた敷金等については買受人からは返還されない、ということを重要事項説明書に記載し、抵当権が設定されている賃貸取引のリスクを賃借人に説明しておくことが必要です。