法律相談
月刊不動産2022年4月号掲載
媒介報酬を期待することができる権利
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
当社Xが売側業者として、土地売買について、買側業者のYとともに購入希望者Hとの間の売買契約成立に向けて媒介業務を進めましたが、合意に至らず、いったんは白紙になりました。ところが、その後、Yが当社とは別のルートで一から媒介を再開し、売買契約を成立させ、媒介報酬を受領していました。Yに対して、損害賠償を請求できるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
損害賠償を請求することはできません。別ルートでYが媒介を進めて売買契約を成立させることは、社会的な相当性を逸脱しておらず、不法行為にはならないからです。
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1. 媒介報酬を期待することができる権利
宅建業者が売買契約の媒介報酬を請求するためには、①依頼者と宅建業者の媒介契約、②媒介契約に基づく宅建業者の媒介行為、③媒介行為の結果による依頼者と相手方との売買契約の成立という要件が必要です。ただし、媒介報酬の請求権が成立していなくても、媒介報酬を期待することができる状況が生じていれば、売買の当事者やほかの宅建業者がこの期待を不当に侵害する行為は不法行為となり、損害賠償請求の対象となります。
媒介報酬への期待について、損害賠償請求をすることができるかどうかが問題とされた事案が、東京地判平成26.5.22-2014WLJPCA05228006です。 -
2. 東京地判平成26.5.22
[1] 事案の概要
(1)Xは宅建業者である。Tから一般媒介契約によって土地売却の依頼を受けて、平成23年1月ころから、買主を探すための媒介活動を行った。
その結果、宅建業者Yから購入を検討するHの紹介を受け、同年9月、X、Y、Hの3者で打合せが行われたが、話合いはまとまらず、いったん交渉は白紙に戻された。この時点では、XはTに対して購入希望者であるHの社名を伝えていない。
(2)しかるにその後、Yは土地の抵当権者である信用金庫の課長を通じて同年11月と12月にTと面談のうえ交渉を行った結果、売買条件の合意に至り、買側業者をY、売側業者をCとしたうえで、売買代金9億円として売買契約が成立した。YはHから法定の上限となる媒介手数料を受領している。
(3)Xはこれらの交渉経緯について何も知らされていなかった。その後、契約成立を知り、YらがXを排除して売買契約を締結したことは不法行為にあたると主張して、Yに対して、Tから取得できたはずの媒介手数料相当額の損害賠償を請求し、訴えを提起した。
(4)裁判所は、Xの訴えを認めなかった。[2]裁判所の判断
(1)判決では、まず、媒介報酬債権が未だ具体的に発生していないことを前提に、売買契約が成立した場合にXがTから受領できる媒介報酬への期待を侵害する不法行為に関しては、『Yは、媒介契約の当事者ではなく、媒介契約に拘束されるものではなく、さらに、媒介契約は専任媒介契約ではなく、別の者が売主側の媒介者として媒介業務を行うことも制限されていないのであって、原則として、誰が売主側の関係者として交渉するかは自由である。このような点に鑑みれば、Yの行為がXの媒介報酬の期待を侵害するものとして不法行為となるのは、Xの媒介により売買契約が成立することが確実で、YがことさらXを排除して売買契約を締結するなどYの行為が社会的相当性を欠くような場合に限られる』と述べています。
(2)そのうえで、Xの請求を検討し、『F(Yの代表者)がD(Tの代表者)と面談した平成23年11月当時、TおよびHのいずれも代金9億円を了承しておらず、他に購入を検討している業者も存在し、また、売買契約の成立までには地積の確定等さらに作業が必要とされていたのであって、Xの媒介によりTとHとの間で代金9億円で売買契約が成立することが確実であったということはできない。
Xは、YらがTとの交渉を隠していた旨主張するが、Xとは違うルートで交渉を行っている以上、交渉の内容をXに報告する義務はなく、Xに伝えれば交渉に支障が生ずる可能性を考えこれを黙っていたとしても何ら違法ということはできず、自由競争の範囲内のことであって、上記を理由に売買契約の成立が確実であったということはできない』として、Yにおいて、他の媒介ルートを探し、そのようなルートがあればそこで交渉を進めることも自由競争の範囲内のことであって、社会的に相当というべきで、これを不法行為ということはできないとして、Xの請求を否定しました。