法律相談

月刊不動産2014年2月号掲載

売主による建物表題登記の履行の着手への該当性

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

買主が金融機関から融資を受けることを前提としていた新築住宅の売買契約において、売主が、決済前に、買主名義で建物表題登記を行うことは、履行の着手となるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 回答

    売主が、買主名義で建物表題登記を行うことは、履行の着手となります。

    2.解約手付と履行の着手

     売買契約において、手付の授受がなされている場合には、一般に、契約成立後であっても、買主からは手付を放棄することによって(手付放棄)、また、売主からは手付の倍額を返還することによって(手付倍返し)、各々相手方の承諾を得ず、かつその他の損害賠償を行うことなく、契約を解消することができます。このような手付の性格を、解約手付といいます。民法にも、買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる、との定めがあります(民法557条1項)。

     ここで、手付放棄または手付倍返しによって契約を解消することができるのは、相手方に履行の着手があるまでの間です。履行の着手とは「債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなしまたは履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした」こととされています(最高裁昭和40年11 月24日判決)。

    3.表示登記に関する判決

     東京地裁平成25年4月15日判決は、新築住宅の売買契約において、売主に履行の着手があったかどうかが問題とされた事案です。売主Xと買主Yは、平成24年4月29日、売買代金額5,080万円、手付金100万円、引渡予定日平成24年5月31日として、買主が残代金のうち4,410万円について融資を受けることを前提として、土地建物の売買契約を締結しました。

     Xは、建物を完成させて、決済前の平成24年5月18日に、建物表題登記を完了しました。しかしその後、同月29日にYが手付放棄による手付解除の意思表示をしたことから、建物表題登記の完了が、履行の着手に該当するのかどうか争われました。裁判所は、次のとおり述べて、買主による手付解除の効力を否定しています。

     『新築建物を分譲して販売する不動産業者は、・・・買主の決定後に、買主名義で、建物表題登記をし、代金決済日に所有権保存登記をすることにより、売主(建築主)名義の建物表題登記及び所有権保存登記をした上で買主に所有権移転登記をする登記手続に代える慣習があること、同慣習に基づく登記手続においては、金融機関が住宅ローンの査定や担保権設定登記の準備のため建物表題登記のみを融資実行日よりも前に備えていることを求めることがあり、建物表題登記と所有権保存登記を同時に行うことができないため、売主は建物表題登記のみを代金決済日(融資実行日)よりも前に履行するのが通常であることは顕著な事実である。

     そして、Xが、本件売買契約に係る本件建物の所有権移転登記手続について、上記慣習による登記手続を行うため、代金決済日より前に本件建物の建物表題登記を行う必要があるという認識を有し、Yに対し、Y名義による建物表題登記及び所有権保存登記手続に係る必要書類を予め提出するよう求め、Yも、本件建物に係る登記手続について認識した上で、Xに対して必要書類等を交付したことが認められるのであるから、本件売買契約においては、XとYとの間で、本件建物に係る登記手続につき、上記慣習と同様、XがY名義で本件建物の建物表題登記を行い、
    その後にYの所有権保存登記を行うとの合意があったと認められ、そうすると、Xが、Y名義で本件建物についての建物表題登記を行ったことは、正に上記合意に基づき、本件建物に係るY名義の建物表題登記を行ったことが認められるのであるから、遅くとも本件建物に係る建物表題登記がなされた平成24年5月18日には、Xが本件売買契約において定められた履行の一部ないしその前提行為を行ったものと認めることができる。

     以上からすれば、Xは、遅くとも平成24年5月18日には本件売買契約について、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたと認められる。』

    4. まとめ

     手付放棄及び手付倍返しについては、微妙な判断が迫られるにもかかわらず、判例の示す基準は漠然としています。具体的な局面において、売主や買主の行為が履行の着手にあたるのか否か迷うことも、少なくありません。実務上、今回取り上げた裁判例は、履行の着手の該当性の判断に際して、一つの指針を与えてくれるものということができます。

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