労務相談

月刊不動産2023年4月号掲載

労働条件書面明示の内容と時期

野田 好伸(特定社会保険労務士)(社会保険労務士法人 大野事務所パートナー社員)


Q

 契約社員やパート社員を採用した際には雇用契約書を作成していますが、正社員については入社前の内定通知書で労働条件を明示しており、入社時に雇用契約書を作成していません。法的に問題はありますか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 回答

     労働契約の締結の際には、賃金・労働時間その他の労働条件について書面を作成のうえ明示する必要があります。採用内定により労働契約が成立していると認められる場合(採用本内定の場合)は、採用内定に際して労働条件を明示しなければなりません。

  • 採用時の労働条件明示義務

     採用にあたり、労働条件を明示せずに労働契約を締結すると使用者と労働者との間でトラブルが発生することから、労働基準法(以下「労基法」)では、トラブルを未然に防止するために、短時間・有期労働者を含め労働契約の締結に際し、労働条件を書面明示することを使用者に義務付けています。
     労基法第15条では、明示義務のあるものを「絶対的記載事項」、使用者が定めている場合に明示義務があるものを「相対的記載事項」としており、具体的には図表のとおりとなります。

     さらにパートタイム・有期雇用労働法(以下「パート有期法」)第6条では、短時間労働者や有期労働者を雇い入れたときは、「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」「相談窓口」の4つの事項について、文書の交付などにより、速やかに明示することを義務付けています。こちらは2020年の法改正により、短時間労働者だけでなく、有期労働者も対象となっている点に留意する必要があります。

  • 明示の時期

     労基法では「労働契約の締結に際し」としていることから、書面交付の時期が問題になりますが、採用内定により労働契約が成立していると認められる場合(いわゆる採用本内定の場合2022年5月号「労務相談」参照)は、採用内定に際し労働条件を明示する必要があります。なお、採用内定時に具体的な就業場所や従事する業務内容等を特定できない場合には、想定されるものを包括的に示すことで足ります。
     また、「労働契約の締結」には、有期労働契約の契約期間満了後の契約更新や定年後の再雇用も含まれる点に留意する必要があります。形式的には有期労働者としていても運用実態が自動更新となっているような場合には、当該義務を果たしていないことになりますし、なによりも無期労働者とみなされる可能性がありますので、有期労働者の更新手続きは書面にて確実に行う必要があります。
     労働者が子会社・関連会社等へ出向する場合には、出向先と労働者との間で新たな労働契約が締結されることから、出向に際しては出向先が労働条件を明示する必要がありますが、出向元が出向先に代わって行うことも差し支えないとされています。

  • 明示の方法

     労働条件の書面明示は、当該労働者の労働条件の決定について権限をもつ者が作成し、本人に交付することとされており、交付の方法については、書面による交付のほか、労働者が希望する場合には、ファックス送信、電子メール、SNSなどの電気通信による送信方法(出力して書面を作成できるものに限る)によっても明示することができます。
     書面形式としては、雇用契約書のような双務契約(労使双方で署名する)形式でもよいですし、会社から通知するかたちの通知形式のいずれでも問題ありません。

  • 明示された労働条件が事実と異なる場合

     労基法第15条2項では「明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる」と規定されていますので、明示された労働条件と実態が異なる場合、労働者は解約を申し入れることができます。また、同条3項では「前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない」とされており、帰省旅費等の負担を使用者に求めています。

  • 実務上の留意点

     雇用契約書・労働条件通知書や電子ツール等で労働条件を明示しており、必要記載項目はあるものの、記載方法や内容が十分でないケースを多く目にします。
     特に「始業・終業時刻:正社員就業規則による」「休日:パートタイマー就業規則第〇条による」などと、就業規則に委任するような記載をしている場合は、就業規則の書面交付が必須となります。また、適用される就業規則の内容と異なる労働条件が明示されているケースもあるため、作成に際しては就業規則との整合性を図る必要があります。
     労働条件の書面明示の目的には、労働者の権利・義務の明確化、トラブルの未然防止が含まれますので、内容が不明瞭なものでは意味がなく、個別的、具体的な記載が肝要です。よって、社内書式の使い回しには留意しましょう。
     正社員採用における採用内定時に内定通知書を交付している企業は多いと思われますが、前述のとおり、労基法第15条で求めている記載事項を網羅した内定通知書やオファーレターを作成している企業は少ないと思われますので、明示内容・項目についていま一度ご確認ください。

  • 募集時の労働条件明示義務

     採用時の明示義務について触れましたが、職業安定法では、ハローワーク等へ求人申込みをするとき、HP・求人媒体で労働者の募集を行う際の労働条件明示義務について定めています。さらに、正社員新卒採用のように募集から採用まで一定期間があり、その間に明示した労働条件が変更されたり、削除されたり、新たに設定されたりした場合には、労働契約を締結する前に、変更内容等を新たに明示することを義務付けていますので、ご留意ください。

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