賃貸相談
月刊不動産2010年9月号掲載
兄弟への賃貸と家賃の請求
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
貸室を3人の兄弟に賃貸し、賃貸借契約書も2人の兄弟が連名で署名押印しています。先月から家賃が滞っているのですが、家賃の請求は、兄弟3人の誰にしたらよいのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.複数の借家人との間の建物賃貸借
複数の借家人に建物を賃貸した場合、家賃の請求を複数の賃借人のうちの誰に対して行うのか、また、どのような割合の金額を請求すればよいのか、については、理論的には、複数の借家人との契約の締結の仕方と、実際に複数の賃借人がどのような形で建物を利用しているのかという事実上の問題から決定されることになります。
複数の借家人が一つの建物を賃借している場合であっても、理論的には、それぞれが別々に賃貸人と契約し、各賃借人が居住する部分が、独立した区画の範囲で互いに相手方の居住する場所には立ち入らない形で利用されている場合もあり得ます。この場合には、それぞれの借家人との間で合意した賃料を請求すれば足りますが、このような形態は理論的にはあり得ますが、実際にはほとんどないはずです。
一般的に見られるのは、複数の借家人が連名で契約し、家賃についても当該部屋の賃料額が決められているだけで、それぞれの借家人ごとの賃料額は決めていないという場合です。
2.不可分債務の原則
3人の兄弟に部屋を賃貸し、借家契約にも3人の兄弟が連名で署名押印しているという場合には、3人の兄弟は、各自が貸室の全部を利用していると考えられます。
この場合、3人の兄弟はそれぞれに賃料の支払義務を負うことになります。家賃の支払債務は、毎月の家賃○○○○円の金銭の支払債務です。
民法は、契約の当事者が多数存在する場合の債権・債務の関係については、複数の当事者の債権・債務は分割債権・分割債務となるのが原則である旨を規定しています。すなわち、「数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、義務を負う」(民法第427条)と規定しているのです。つまり、債務を負う者が複数あるときは、その債務は債務者の数により分割されるのが原則だという規定です。
これを3人の兄弟が貸室を賃借している場合に当てはめると、契約の当事者の一方である賃借人が複数あることになります。この場合、3人の借家人は賃料支払債務を負うことになりますので、債務者が3人いることになります。この場合には、別段の意思表示のない限りは、3人の兄弟は「それぞれ等しい割合で義務を負う」となると、家賃支払債務を、3分の1の割合で負担するということになりそうです。逆に言えば、貸主としては、3人の兄弟に対しては、別々に家賃の3分の1を請求できるだけで、一方が支払わなかったからといって、他方の兄弟には請求できないことになってしまいます。
しかし、3人の兄弟は、それぞれが貸室全体を利用しているはずです。各自の家賃は、貸室全体を不可分的に利用していることの対価ですから、このように不可分的な利用の対価である場合は、上記の分割債務の原則ではなく、不可分債務として規律されるものと解されています。したがって、貸主は、3人の兄弟のいずれに対しても家賃の全額を請求できます。
3.複数の借家人と遅延損害金
3人の兄弟の家賃支払債務は不可分債務ですから、貸主は3人の兄弟のだれか1人に対しても貸室全体の家賃額を請求できるのですが、1人に対して家賃全額を請求したにもかかわらず、家賃が支払われなかった場合は、遅延損害金は3人全員に対して発生するのでしょうか。
この点については、3人の兄弟の家賃支払債務は不可分債務ではありますが、連帯債務ではありません。連帯債務の場合は、1人の債務者に請求すると、他の連帯債務者全員に対しても請求した効力が認められています(民法第434条)。しかし、不可分債務については連帯債務と似ていることから、連帯債務の規定の一部は準用されていますが、民法434条は不可分債務には準用されていません。このため、3人のうち1人に請求しても、ほかの2人は請求を受けていないことになり、遅延損害金はほかの2人には請求できません。不可分債務でも全員に請求することが必要です。