賃貸相談

月刊不動産2007年2月号掲載

借家人の倒産と敷金に対する差押通知

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

当社の経営する賃貸ビルのテナントが倒産し、当社に対して、テナントが当社に預託している敷金の差押通知が届きました。賃貸人としては、差押通知に対してはどのように対応すればよいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.敷金についての法律関係

    (1)敷金の担保としての機能

     敷金は、賃貸借契約を締結する際に、賃借人の賃料支払債務や契約終了時の建物明渡債務等、賃貸借契約に基づき発生する賃借人の債務の履行を担保するために賃借人から賃貸人に対して預託される金銭です。

     賃貸人からみれば、賃料の支払や明渡し義務の遅延など、賃借人が契約に違反した場合に備えて、契約の履行を確保するために預かっているものですから、テナントが倒産した場合などには、最も有力な担保としての機能をもっているといってよいでしょう。

    (2)テナントの資産としての意義

     他方で、敷金は賃貸借契約が終了し、テナント側に何らの契約違反がなかった場合にはその全額を、テナントに契約違反があった場合には賃貸人はその損害賠償額等を敷金から差し引きその残額を、それぞれテナントに返還することとされています。したがって、テナントは賃貸人に対して、将来、敷金の返還請求権を有しているわけです。これはテナントの側から見れば「敷金返還請求権」という1つの資産ということになります。

     テナントの債権者は、テナントが倒産した場合にはテナントの有している資産から債権の回収を図るしかありません。テナントが不動産や有価証券、預貯金などを有していれば回収に困難はないのですが、倒産したテナントとなると、それらの確実な資産を有していない場合がほとんどです。

     この場合には、テナントの債権者は、テナントの資産の1つである敷金返還請求権から債権の回収を図ろうとする場合があります。それが、敷金に対する差押手続(正確には敷金返還請求権に対する差押え)です。

    2.敷金返還請求権に対する差押えの効力

     差押えの効力は、差押債務者であるテナントに対する効力と、差押えに関する第三債務者である賃貸人に対する効力と2つに分けて考えることができます。

    (1)テナントに対する差押えの効力

     差押命令が送達されると、差押債務者であるテナントは、差押債務を弁済しない限り、賃貸人に敷金の返還を請求して弁済を受けたり、敷金返還請求権を第三者に譲渡するなど敷金返還請求権の処分を禁止されることになります。

    (2)賃貸人に対する差押えの効力

     また差押命令は、第三債務者である賃貸人に対しては、敷金を任意にテナントに返還することが禁止されることになります。差押命令に違反して、賃貸人がテナントに敷金を返還した場合は、差押えを申し立てた債権者との関係では、賃貸人が行った敷金の返還の効力は認められないため、差押債権者に再度敷金を弁済しなければならず二重払いを要求されることになるので、くれぐれもこの点についての注意が必要です。

    3.差押手続での賃貸人の対応

    (1)陳述の催告に対する対応

     差押通知が賃貸人に対して送達された場合、差押通知に記載された敷金額があるか否か、賃貸人は差し押さえられた敷金を差押債権者に対して支払う意思があるか否かについてを陳述書に記入して裁判所に返送するよう求められることになります。この場合にはきちんと2週間以内に返事をして賃貸人としての意向を伝えておく必要があります。

    (2)差押え後の賃料を差し引くことの可否

     裁判所に返事をする際に、最も問題となることは、賃貸人は差押え後に発生した未払賃料を敷金から差し引くことができるかということです。これが認められれば、賃貸人としては、敷金が差し押さえられた後も未払賃料を敷金から優先的に回収する必要がありますから、裁判所への返事の際には、差押えの対象である敷金を差押債権者に支払う意思はないと通知することになります。

     差押えは、その対象である敷金についての従前の法律関係を変更するものではありません。したがって、賃貸人は差押え後も未払賃料を差し引くことができますので、敷金の担保としての機能を差押債権者に主張することが可能ですから、差押債権者に対して敷金を交付することを拒否することが可能です。

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