賃貸相談

月刊不動産2014年4月号掲載

借家人による修繕拒否への対応

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

戸建貸家を営んでいますが、築後数十年を経ているため土台と柱に損傷があり、消防署からも改善勧告が出ています。ところが借家人が修繕に協力してくれません。どのように対応すればよいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 賃貸物件の修繕に関する法律関係

    建物賃貸借契約を締結し、何年も経過した後には賃貸建物も様々な箇所に傷みが生じ、賃借人が建物の使用収益をするには修繕をしない限り支障を生ずるということがあります。

    このような建物の使用収益をするために必要となる修繕については、民法は、賃貸人に修繕義務があると規定しています(民法606条1項)。賃料を授受して賃貸目的物を賃借人に使用収益させる以上は、賃貸人は賃貸目的物を使用収益が可能な状態にして賃借人に占有使用させる義務があるという考え方がその根拠になっているものと思われます。

    このように、民法606条1項は、賃貸目的物の使用収益に必要な修繕をする義務が賃貸人にあると規定していますが、他方において、賃貸目的物は賃貸人の所有物であり、その所有物に不具合を生じている場合に、その不具合が拡大する前に早期に修繕をしたいと考えることも、もっともなことです。そこで、賃貸目的物に必要な修繕は、賃貸人の義務であると同時に、権利でもあると考えてよいのかが問題になります。

    2. 賃貸人の修繕する権利の有無

    これについては、賃貸目的物を保存するのに必要な行為、つまり賃貸目的物を維持するのに必要となる修繕すら行わなかった場合には、賃貸目的物の基本的な安全性を損なうことも考えられますし、それが著しくなれば、賃貸目的物が通常有すべき安全性を欠くに至り、建物の維持保存に瑕疵が存するということになりかねません。

    民法717条1項は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたとき」には、最終的にその損害を賠償する責任は土地の工作物の所有者が負担する旨を定めています。「土地の工作物」とは、建物やブロック塀などのように土地に接着して築造された設備をいいますから(大判大正1年12 月6日)、賃貸建物の保存行為をすることなく放置し、賃貸建物が必要な安全性を欠くような状態になったとすれば、建物の所有者は損害賠償責任を負担する場合があり得るわけです。

    そこで、民法606条は、その1項において、賃貸人の修繕義務を定めていますが、同条2項において、「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人はこれを拒むことができない。」と定めています。

    これが賃借人の必要な保存行為に対する受忍義務といわれるものです。民法606条1項では「必要な修繕をする義務」は賃貸人にあると規定し、同条2項は「修繕」という用語を用いておらず、「保存に必要な行為」を賃貸人がしようとする場合には、賃借人はこれを拒むことができないという表現になっています。1項の「修繕」と2項の「保存に必要な行為」については、保存行為とは一般的には現状を維持するのに必要な行為を意味するから、修繕と同義であるとする考え方がありますし、少なくとも賃貸目的物を保存し維持するために必要な修繕行為が「保存に必要な行為」に含まれることに異論はないものと思われます。

    3. 賃借人の保存に必要な行為の受忍義務の内容

    ご質問のケースでは、賃貸建物の土台や柱が傷んでおり、消防署からの改善勧告が出されているということですから、災害防止あるいは衛生上の観点からも改善が必要な場合であると考えられます。このような場合であれば、賃貸人が行おうとする土台や柱の修繕が賃貸目的物の「保存に必要な行為」に該当することは疑いないものと考えられます。賃借人は、かかる賃貸人の修繕の申入れを拒絶することはできないと民法に定められていますが、万一、賃借人がその修繕に応じないとした場合には、賃借人は民法606条2項の受忍義務に違反したことになります。

    この場合に、賃貸人は、賃借人の義務違反を理由に賃貸借契約を解除できるかということが問題になります。一般論としては、賃借人には必要な保存行為に対する受忍義務がありますから、これに従わなければならず、受忍義務に違反したときは契約の解除はあり得ることです。ただし、賃貸借契約のような継続的な契約関係を解除する場合には、当事者間の信頼関係が破壊されるような義務違反の場合に限られるとする、いわゆる信頼関係破壊理論が判例上も確立しています。

    したがって、実際に賃貸借契約の解除が認められるか否かは、災害防止あるいは衛生その他の観点からの保存に必要な行為を実行する必要性と賃借人側の事情とを比較考量することにより決せられることになると考えられます。

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