賃貸相談
月刊不動産2009年10月号掲載
個人営業の借家人の法人化
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
飲食店舗の個人営業をしている借家人に建物を賃貸していますが、この度、借家人がその営業を会社組織に改めたとの噂を耳にしました。借家権の無断譲渡として契約を解除することはできるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 賃借権の無断譲渡と賃貸借契約の解除
民法は、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで賃借権を譲渡したり、賃借物を転貸することはできない旨を定めています(民法612条1項)。いわゆる「賃借権の無断譲渡・賃借物の無断転貸の禁止」といわれるものです。
賃借人が、この規定に違反して第三者に賃借物を使用・収益させた場合には賃貸人は賃貸借契約を解除できることとされています(民法612条1項)。
この解除は賃借人の義務違反を理由とするものですから、借地借家法の借家人保護法制は働きません。したがって、無断譲渡・転貸を理由とする解除の場合には、借地借家法に定める正当事由を具備しているか否かを問うことなく、賃貸人は契約を解除できることになります。
御質問のケースは、飲食店舗の個人営業をしている借家人が、その営業を会社組織にしたというのですから、新たに設立された会社も同じ飲食店舗を経営していることになりますので、賃借建物の使用形態には変更はなさそうです。したがって、使用目的違反や用法違反は問題になりませんが、賃借権を第三者に譲渡したものとして、賃借権の無断譲渡の禁止に違反しないかという点が問題となります。
2. 個人営業の法人化と「第三者」
個人営業を会社組織に改めるという場合でも、その実態は様々です。建物の賃借人が個人として行ってきた営業を税金対策等のために会社組織にしただけで、実質的に営業の実態には本質的な変化はないという場合もあれば、個人企業を法人化することにより経営権が実質的には移転したと見られる場合もあります。
裁判例の中には、賃借人が税金対策のために、その営業を会社組織に改めたという場合には、営業の実態に本質的な変化がないことを理由に、そもそも「第三者」に対する転貸には該当しないと判断したものもあります。
しかし、最高裁は、営業の実態に本質的な変更がなかったとしても、法律上は法人は個人とは別個の法主体であり、別人格とされていることから、やはり「第三者」に対する譲渡・転貸に該当するとしたうえで、それが信頼関係を破壊するに足りるものである否かにより解除の可否を判断しています。
したがって、営業の実態に本質的な変更がなかったという場合でも、とりあえず第三者に対する借家権の譲渡あるいは賃借物の転貸に該当するものと考えることになり、それが信頼関係を破壊するものである場合には賃貸借契約の解除ができることになります。
3. 個人営業の法人化と「信頼関係の破壊」
(1) 営業の実態に本質的な変化がない場合
個人営業の賃借人が営業を会社組織に改めた場合であっても、従来の賃借人が会社の取締役であり、会社の発行済株式の大部分を保有しているなどの事情がある場合には、営業の実態に本質的な変化がなく、賃借権の譲渡または賃借物の転貸には該当しますが、信頼関係を破壊するものではないため、賃貸人は契約を解除することができないとされています。
(2) 営業の実態に本質的な変化がある場合
個人営業の賃借人が営業を会社組織に改めるに当たり、第三者の資本を導入し、従来の賃借人が取締役の1人として就任はするものの、代表取締役は全く別の第三者が就任し、会社の発行済株式も代表取締役に就任する第三者が過半数を保有するなどの事情がある場合には、法人化を契機として経営権が実質的に移転したと見られることがあります。
この場合は、賃借権の譲渡または賃借物の転貸が信頼関係を破壊するものであるか否かという点がまさに問題となります。法人化した後、賃料の不払いや建物の利用方法の変化が具体的に生じているという場合に信頼関係が破壊されたものと判断されることは当然ですが、裁判例の中には、法人化による賃料の不払いや建物利用方法の変化などが具体的には生じていないという場合であっても、経営権が実質的に移転しているような場合には信頼関係が破壊されたものと判断されたケースがあります(福岡高裁昭和49年9月30日判決等) 。
賃貸人としては、法人化した賃借人の取締役が誰であるのか、株主は誰と誰かを確認し、場合によっては建物の利用方法に変化はあるか等の事情を確認して対処すべきことになります。