賃貸相談
月刊不動産2011年11月号掲載
保証金に質権が設定された後の措置
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
当社所有の賃貸ビルのテナントから当社に預託した保証金を金融機関に対する借入れの担保のため質に入れたと連絡がありました。保証金に質権が設定された後はどのようになるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.保証金に対する質権設定
建物賃貸借の賃借人が、貸主に預託した保証金に質権を設定するという場合、貸主に預託された保証金という金銭そのものに質権が設定されるわけではありません。
賃借人が建物賃貸借契約の締結に伴い、貸主に対して保証金を預託すると、賃借人は貸主に対し、将来、賃貸借契約が終了し賃借人が貸室を明け渡したときには、未払賃料等がある場合にはその未払額を控除し、原状回復義務の不履行がある場合にはそれに要する費用を控除した後、その保証金の残額の返還を請求する権利を有することになります。
保証金の質入れとは、賃借人が貸主に対して有する保証金返還請求権という債権に対して質権を設定することを意味します。
2.保証金返還請求権に対する質権設定の手続
保証金返還請求権は債権ですので、債権に対する質権の設定は可能です。ただし、保証金返還請求権は、将来、賃貸借契約が終了した場合に返還される金銭を目的としており、将来、賃貸借が終了し、賃借人が建物を明け渡すという将来の条件付きの債権ですが、将来の債権であっても、条件付き債権であっても、質権の設定は可能です。
もっとも、「質権は譲り渡すことができない物をその目的とすることができない。」(民法343条)と定められていますので、譲渡が禁止されているものは質権の対象とすることができません。この点に関しては、一般に建物賃貸借契約の保証金については譲渡禁止特約が付せられていることが多いと思います。
この譲渡禁止特約が付せられている場合には、賃借人は、貸主に対する保証金返還請求権を譲渡することを禁止されています。したがって、譲渡禁止特約の付せられた保証金については、原則として、質権の設定は有効にできないはずです。ただし、民法では、譲渡禁止特約は善意の第三者に対抗することができない旨を定めていますので(民法466条2項)、質権の設定を受けた質権者が譲渡禁止特約の存在を知らなかった場合には、譲渡禁止特約の存在を理由として質権の設定が無効であるとは主張できないことになります。
保証金に対する質権設定の第三者対抗要件は、確定日付のある賃借人から貸主に対する通知又は貸主の承諾です。しかし、実務上は、質権設定の有効性に関するトラブルを防止するため、質権者が金融機関である場合には、金融機関は保証金の質権設定に対する貸主の同意書を取りつけているのが実情です。
3.保証金に対する質権設定の効果
(1)二重払いのリスク
保証金に対して有効に質権が設定された場合には、質権の被担保債権(金融機関の賃借人に対する債権)の返済が完了しない限りは、貸主は賃貸借契約が終了し、保証金返還請求権の弁済期が到来したとしても、保証金を賃借人に返還することができなくなります。万一、質権設定の事実を忘れて、賃借人に保証金を返還した場合にも、その弁済は金融機関に対して対抗することができませんので、金融機関に対しても二重払いをしなければならないリスクが発生します。
(2)金融機関からの供託請求
賃貸借契約が予想外に早く終了し、保証金返還請求権の返済期日は到来したのに、質権の被担保債権の弁済期が到来していないという場合もあり得ます。この場合は、貸主は金融機関に保証金を返還することはできませんが、質権者は貸主に対し、弁済すべき保証金額を供託するよう請求することができます(民法366条3項)。貸主は、保証金を供託することにより、保証金返還債務を履行したことになり、その責任を免れることができることになります。
(3)質権者による保証金の取立て
保証金返還請求権の弁済期が到来した時点で、質権の被担保債権も弁済期が到来している場合には、質権者は質権を実行することができます。質権者は、貸主に対して保証金を直接質権者に支払うよう請求することが認められています(民法366条1項)。ただし、保証金額が質権の被担保債権額よりも上回っている場合には質権者は被担保債権額の限度でしか貸主に直接請求はできません。これを超える部分は賃借人に返還することになります。