法律相談
月刊不動産2014年1月号掲載
任意後見
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
高齢者が将来、認知症などのために自分で財産管理ができなくなったときに備えて、判断能力の低下していないうちに信頼できる人に財産管理を任せる準備をしておくためには、どのような方法があるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 回答
信頼できる人との間で任意後見契約を締結し、任意後見受任者となってもらう方法があります。将来ご本人の判断能力が低下したときには、家庭裁判所によって後見監督人が選任され、それ以降、任意後見受任者が任意後見人となって、財産管理を行うことができるようになります。
2. 任意後見の必要性
さて、人にとって、身体的に成熟した後には老化するという生理機能の衰退は、避けることができません。高齢者の判断能力低下は、やむを得ないことです。物事を判断する能力(事理弁識能力)が十分でなくなった高齢者のためには、裁判所が定型的に事理弁識能力低下を認定し、法律行為を制限する法定後見の制度(成年後見、保佐、補助)が用意されています。法定後見を利用すれば、成年後見人等の本人を法律的に支援する人が家庭裁判所によって選任され、本人の財産管理の支援を行います。
しかし、法定後見は、判断能力が低下した後の手段です。判断能力が低下していなかったり、その程度がまだ軽い段階では、これを利用することはできません。また、本人を支援する人も、本人自身ではなく、家庭裁判所が選ぶことになります。
3. 任意後見制度
(1)制度の趣旨
そこで、判断能力が低下しておらず、あるいは、低下の程度が軽い段階で、将来に備え、本人の意思に基づいて、法律的な支援者を選んでおくことを目的として、任意後見の制度が設けられています。任意後見については、任意後見契約に関する法律(任意後見契約法)が制定され、その手続や効力が定められています。
任意後見契約によって、本人から財産管理の委任を受ける者を任意後見受任者といい(任意後見契約法2条3号。以下、同法の条文については単に条文だけを示す)、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任されたときに、任意後見受任者が、任意後見人となります(2条4号・4条1項)。
任意後見は、判断能力の低下した人を援助する目的をもつという観点からは、法定後見と同様ですが、援助の根拠が本人と受任者との契約にあるという法的な側面においては、家庭裁判所の審判に基づく法定後見とは、性格が異なります。
(2)契約締結
任意後見を利用する場合には、将来の判断能力低下に備え、あらかじめ、将来財産管理を任せる予定の受任者との間で任意後見契約を締結します。契約の方式として、公正証書によって行うことが必要です(3条)。本人が信頼している人であれば、親戚、友人であっても、弁護士、司法書士や社会福祉士などの専門家であっても、いずれも任意後見受任者となることが可能です。
(3)任意後見監督人の選任
契約の効力は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときに生じます(2条1号・4条1項)。任意後見監督人には、任意後見人の事務処理が適正になされているかどうかをチェックする役割があります(7条)。任意後見人の配偶者や兄弟姉妹は、任意後見監督人になることはできません(同5条)。
(4)登記
公証役場で任意後見契約の公正証書が作成され、あるいは、家庭裁判所で任意後見監督人の選任がなされると、公証人や家庭裁判所の嘱託によって登記がなされます(後見登記等に関する法律5条)。本人・その親族またはその代理人は、登記に記録されている事項を証明する書面(登記事項証明書)の交付請求をすることができますから(同法10 条)、高齢者と取引をしようとするときには、登記事項証明書によって、任意後見契約や任意後見人の有無、任意後見人の権限の範囲などを知ることができます。
4. まとめ
わが国は、女性が世界第1位、男性が世界5位の長寿国です。このような長寿社会が実現できているのは、医療制度が充実し、高齢者の社会参加率が高いなどの要因によるものと考えられ、幸福で豊かな社会を目指す人々の努力が実を結んでいるということがいえます。
しかし、社会が高齢化するのに伴い、認知症など判断能力の低下する高齢者が増加するのもやむを得ないことです。判断能力の低下した高齢者については、様々な方法で、その利益を守るように努めなければなりません。任意後見の制度は、高齢者の利益を守るための重要な制度であり、宅建業者も、その適正な運用に協力するよう努めるべきです。