賃貸相談

月刊不動産2005年10月号掲載

仮契約後のキャンセルと損害賠償

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

当社はA社に貸室を賃貸する交渉を継続し、基本的な条項は担当者レベルではほぼ合意に達したためA社の社内決済が下りるまでは仮契約を締結し、A社の要求である建物内装の一部変更を当社で行いました。その後、A社は本契約の締結を断ってきました。A社にこれまで掛かった費用を請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 仮契約の効力

    (1) 仮契約の多様性
     仮契約とはどのようなものなのか、仮契約に調印するとどのような法的効力を生ずるのかということは大変重要な問題であるにもかかわらず、あまりよく理解されていないのが実情のように思われます。

     まず、仮契約といっても、様々なものがあり、仮契約という名称が付けられているということから、一律に法的効力を論じることはできません。
     仮契約を締結することが考えられる場合としては、賃貸借契約を締結するにあたり、

     (A) いまだ契約条件を合意する段階ではないけれども、とりあえず、今後は誠実に交渉していく姿勢を示すために仮契約を取り交わすという場合

     (B) 契約条件の一部は合意しているが、その他の重要な事項についていまだ合意ができていない場合に合意できている事項と今後折衝すべき事項を区分けするために仮契約を締結する場合

     (C) 交渉担当者レベルでは合意に達したが、法人その他の組織上の決済を得ていない場合

     (D) 賃貸借契約の重要な基本的事項(対象物件・保証金額・敷金額・賃料額・契約期間・使用目的等)は合意しており、細部を今後詰めるだけの場合

     (E) 賃貸借契約の条項自体は合意できているが、他の理由(例えば決算期等の事情やいつでも解約できるようにしておきたいという事情)から本契約を締結せずに仮契約を締結する場合

     等々の色々なケースがあり得ます。

    (2)仮契約の法的効力についての一般原則
     これらの様々な類型の仮契約の法的効力ですが、一般的な原則としていえることは、要するに、仮契約という名称を用いていようが、本契約という名称を用いていようが、賃貸借契約における重要な基本的事項(対象物件・保証金額・敷金額・賃料額・契約期間・使用目的等)についての合意が存在する場合には賃貸借契約が成立していると認定されることになりますし、これらの基本的な事項についての合意が当事者間に成立していない場合には、賃貸借契約はいまだ成立していないと認定されることになります。

     この観点からみると、前記A~Bはいまだ当事者間では基本的な事項についての合意が成立していませんから本契約の成立を主張できません。

     これに対し、Dの基本的事項は合意が成立しており、後は細部を詰めるだけという状況のときは、賃貸借の本契約が成立していると認定される場合があります。もちろん、当事者が「仮契約」という表題を使用した事情も考慮されることになりますが、仮契約とさえ表示しておけば本契約とはみなされないとは限りませんので、この点は注意が必要です。Eのケースも賃貸借契約の成立が認定されることになります。決算等の事情で仮契約としても、当事者間では合意が完全に成立していることになりますし、いつでも解約できる状態にしておきたいといっても、仮契約中に解約できる旨の条項が定められていなければ、自由に解約できるわけではないことに注意してください。

    2. 社内決済未了の時点での本契約の拒否

     ご質問のケースのように、担当者レベルでは合意に達していたとしても、社内決済を得るために仮契約としていた場合には、社内決済が下りていない以上は本契約の成立は主張することができません。

     したがって、相手方であるA社が賃貸借契約の締結を拒否したからといって、既に賃貸借契約は成立していると主張して、契約の履行を迫ることはできないことになります。

     それでは、賃貸借契約を履行するために、その準備行為として行った、オーナー側の内装変更や間仕切り壁の設置、エントランスの変更工事等の費用を相手方に請求することもできないのか、この点が最も問題となるところですが、仮契約の成立により、本契約が成立するであろうことを期待する状態になったときは、契約が成立するものと信じて契約締結ないし履行の準備に要した費用は相手方に請求できるというのが最近の理論です。

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